Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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溢れた感情は。

こんばんは!

循環器内科を終えて、ERが始まった。

熱心で、尊敬する先生方に囲まれつつ、これまで10か月行ってきた救急外来での診療をひとつずつ見直す時間を持てている。

本当に、恵まれた環境だと思う。

一方で、やはりかなり強いストレスが心にかかっているのだと、感じた今日だった。



昨日と今日は、2か月半ぶりに大切な人に会った。

本当に久しぶりだった。

昨日会った時、あまりに久しぶり過ぎて、隣にいる実感が湧かなかったくらいだ。

普段は電話で話している。

電話で話すと、不思議と沈黙時間を持たないようにと、いっぱいしゃべってしまう気がする。

今回、こうして一緒にいる時間の中で、むしろ二人には無言の時間が長かった。

無言の時間でも、相手の表情やしぐさを見て、それがある意味「ことば」となって心に響いたからだ。

それは、僕らにとっては本当に貴重な時間だった。



僕らはいつもは離れているが、確かに心の距離は縮まっているのだと感じた。



そして、二人の短い時間に別れの時が来た。



今回は、今までで一番辛かった。


二人の心の距離が近づけば、近づくほど、離れるときの悲しみは強くなる。


本当に切なかった。


それだけじゃなかった。


家に帰って、僕は自分の心の異変に気付いた。


心から、いろんな感情が溢れているのを感じた。


辛かったこと。


悲しかったこと。


歯を食いしばって、ぐっとこらえていたこと。


いろんな感情が、溢れ出ていることに気づいた。


彼女に会って、張りつめていた僕の交感神経の糸は切れてしまったのだと思う。


それほどまでに、彼女の存在が僕には大切な「家」のようなものだと感じた。





実は、大阪で働き始めて10か月。


本当に白髪が増えていた。


染めてごまかしてはいたが、白髪は増える一方だった。


でも、不思議と、そこまで辛い!悲しい!苦しい!と叫ぶことはなかった。


でも、今日を通してわかった。


俺は、辛かったんだ。


悲しかったんだ。


苦しかったんだ。


溢れた感情が、そのことを証明した。



俺は、弱い。


だからこそ、神様は俺の横に彼女を置いて下さった。


明日が、また来る。


明日も、生きる。


イエス・キリストの船に乗って。

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心の健康

こんばんは(*'▽')

5月に入って、10日かぁ。

なんだかあっというまだなー。



今日はタイトルのことに入る前に、ちょっとだけ。



僕は「ことば」も含め何か形に表すことがずっと好きでした。


音楽もそうでした。小さいころからピアノが好きで、音と音のつなぎ方で全く新しいメロディーになるのが不思議だった。

絵もそう。中学校に入ったあたりから描くのをやめてしまったけど、昔はわしだったりライオンだったり、図鑑を見ながらよくマネして描いてたな。

そして今のブログもそう。


こういうのって、「楽しんでやる!」ってことがとっても大事だと思う(^^)

音楽なんて文字通り。

「音を楽しむこと」


きっと絵も、本当は「絵楽(かいがく?笑)」って言うべき!
文章も、文学でもいいけど、「文楽」でもいいと思う。


何を言いたいかっていうと、このブログも、自分の中で義務になりたくないなって。

あくまで神様が僕に与えてくださった「ことば」を純粋に喜び楽しんで続けていきたいな。

そのことばがイエス様のいのちの中で生きたものになって、読んでくださっている方々の心に届けばいいなーって思う。



さてさて前置きが長くなってしまったけど、今日はちょっと「心の健康」について考えてみます。

身体は「健康」って定義しやすいです。

レントゲン撮ったり、採血したり。

そういった検査である程度身体の状態がわかるから。


でも、心ってそういう風に「定量化」(かたちに表すこと) が難しい。

でも間違いなく、心にも健康はあるし、病気はある。



僕は20歳になってイエス様に出会って救われるまで、ずっと心が不健康だったと思います。

いろんなものをしょいこんで、いろんなものを隠してたから。


そんな僕だから、心の健康に関わることを体験的にいくつか考えることができるんです。


1つは、ストレス。

これはもう言わずもがな。


でもストレスってほんとに不思議で、ストレスが全くかからないのも、きっとストレスなんだと思う。

たとえば、今働いていても、もし周りの先生や同期が俺に対して無関心で、
「もう好きなようにして。別に好きな時間に帰ってもいいし。やりたいようにやって。」
って言ったとして。


時間的に、身体的には、ストレスはほぼゼロ。

でもストレスがないことが、自分に役割がないことが、ストレスになる。


だからストレスは、なくすことじゃなくて、うまく向き合うことが大事なんだと思います。

ストレスを乗り越えた先にある「成長」に心を留めたり。
ストレスの中でつなぎあわされる人との「絆」を大事にしたり。


クリスチャンの僕はさらに神様が、
「耐えられないほどの試練 (ストレス) は与えないよ。」
っていう保証まで与えてくださっていて、それを信じる中で神様とますます近づいていく!!



心の健康に重要なことのもう一つは、僕は「嘘がないこと」だと思います。

これは、僕は本当に痛感してる。


なぜって僕自身が、イエス様に出会うまでずっと嘘をついて生きてたから。

父さんに、母さんに、兄弟に、何より神様に。


一つの嘘は、もう一つの嘘を作り出す。

もう一つ嘘は、さらにもう一つの嘘を作り出す。

そうして気づかぬ心にはちょっとずつ、「嘘」っていう真っ黒なものが広がっていく。

そして心の元気なところ、笑うことだったり、人を大切にすることだったり、今までわかってた本当に素敵なことができなくなっていく。嘘にはそういう怖さがある。



聖書は、そんな人間のことをよく知ってるから、いっぱい嘘による悲しい事件が描かれてある。

一方で、「隠し事なく生きること」(聖書はこれを「光の中を歩む」って描く!素敵!) の幸せを教えてくれる。


隠しごとなく生きること、それって本当にできるのか?って思う。

でも、それができる。

なぜなら、それを成し遂げたイエス様が今も生きておられるから。

嘘をつかず、隠しごとをせず、イエス様は全ての真っ黒なものを心から遠ざけて、愛や親切、喜びや笑顔っていう光り輝くもので心をいっぱいにしていたお方であり、僕らの心もそうしてくださる。




心の健康。


ストレスとうまく付き合うこと。

隠しごとなく、光の中を生きること。


今日はこの二つについて書いてみました(*'▽')

神様、この言葉を必要としている人たちに、届けてください。



満ちる

理性と感性

こんばんはー(^^)/


今日は朝からちゃんと大学行って、勉強できましたっ!笑(←当たり前)

夕方からついさっきまでは、友だち二人とやってる勉強会がありました。
二人はほんとに頭脳明晰!
そんな二人にいつも叱咤激励?(笑)されながら、頑張ってます。

国家試験まで気付いたら半年切ってます!
だけど、最近ほんとにほんとに感謝なことに、プレッシャーというよりは、楽しい!!って思いがどんどん強くなってます♪

もともとのタイプとして、物事を整理して考えたり、そしてそれら一つひとつがつながっていくことが、ほんとに好きなんですよねー(^^)

最近、勉強してる医学の知識がちょっとずつ増えてきた中で、
「あっ、これとこれが関連してるんだー!」とか、
「あの機序がここにもあるから、こうなるんだー。」とか!

どんどん勉強が楽しくなってきてます(^^)♪

ほんとに、ただただ神さまに感謝です。


きっと、こういうのは「理性」の部分なんだろーと思います。




一方で、今日はお昼過ぎの時間に、今週末にある旭医聖研合宿のためのプレ聖研がありました♪
大学の一室を借りて、信友のささぐと、そして大切な後輩たちと、聖書をじーっくり読む時間。。

もー、めっちゃ珠玉の時間です。笑


そして、今回の箇所が、詩篇139だったんですけど、著者であるダビデのアーティスティックな感じにマジで感動しました。。

たとえば、
「私が暁(あかつき)の翼をかって、海の果てに住んでも、
 そこでも、あなたの御手が私を導き、
 あなたの右の手が私を捕らえます。」
詩篇139:9,10


とか。。


ただただ読みながら、「ほんとにきれいな言葉だなー」って感心してましたっ!



前にも書いたかもだけど、昔の僕は、ほんとに「理性」ばっか大切にしてる人でした(^^;
あんまり感動するってこともないし、小説とかもほとんど読まなかった。

なんていうか、何事も言葉や論理で表すことが大切だ!!っていう風に思ってたのかなー
だから、今振り返れば、なんとも面白みのない人間だったと思います。笑


だけど、神さまは色んな体験を通して、僕に、「感性」とか「感覚」とか、そういう言葉にできないものの素晴らしさをいっぱい教えてくださいました♪♪


むしろ、言葉でも、論理でも、表現しきれないところが、感性の素敵なところなんですよね(^^)/


このブログも、昔は「必要なことだけ」って感じだったかもだけど、ちょっとずつ、ダビデみたいな(笑)アーティスティックな感じになればいいなーとか思ったり。笑



「理性」も、「感性」も、どっちも神さまが与えてくださった素敵なもの。
それらを感謝して、イエス様にあってもっともっと育んでいただきたいな♪


神さま、あなたが与えてくださってる全ての全てに、心から感謝をささげます。
このブログを読んでくださってる方々の心にも、感謝の心を与えてください。喜びでいっぱいにしてください♪


満ちる

感情

こんにちは。
今日も、このようにして、to GLORYを更新することができて、神さまに感謝します。


ここ最近、ずっと、
「感情って、何なんだろう・・・?」
って考えてました。


正直、以前の私は、感情というものをあまり大切に思っていませんでした。

あまり関係してしてないかもしれないけど、私はほとんど小説も読まないんですよね。

「何のために小説読むの?感動するため?感動して…どうするの?そのためにお金払うの?」
なんて、ひねくれたこと思ってました。


また、感情というものに対し、ある種の苦手意識みたいなのもありました。

というのも、例えば「感情的」という言葉一つにしても、なんだか良いイメージがないんですよね。
その一時の思いで行動してしまった、言ってしまったがゆえに、一生の後悔・・・みたいな。

それならば、むしろ感情を徹底的に理性で抑えつけ、慎重に熟考を重ねた上で行動すべき、言うべきだって思ってました。


さらに言えば、本当に辛くて、苦しくて、ハンパなかったここ最近、
「いっそのこと、感情なんてなくなればいいのに。感情なんて無かったら、やるべきことをちゃんとできたり、目標に向かって頑張れたりできるのに。」
なんて思ったり…


でも・・・そうじゃないんですよね。。

神さまが、私たちに人に与えられたものに、一つとして必要ないものなんてない。
神さまは、その神さまのかたちに似せられて、人に「感情」を与えてくださった。
素晴らしい、尊いものとして、「感情」を与えてくださった。


私は、これまで、何も分かっていませんでした。


喜びは、人を幸せにします。
感動は、人に生きる力を与えます。
怒りは、自分の小ささを教えます。
悲しみは、一人で生きることができないことを教えてくれます。
苦しみは、人をあわれむことを教えてくれます。


神さまが与えてくださった感情、その感情があってこそ、私は人です。
私は、この感情を押さえつけるのでもなく、避けるのでもなく、我が心の中で大切にし、生きていきます。

心は脳にある?

こんばんは。主をほめたたえます。


今日は、精神科医の先生とのご飯会があり、
ついさきほど帰宅しました。


以前から何度か書いてきましたが、
私は精神医学に非常に興味があります。


精神医学って・・・面白いんです。
他の医学分野、例えば循環器や消化器、整形外科などは、
「身体医学」とも言い換えることができ、

どこが悪いのか?

どのように悪いのか?

そういったことが、生物学的に、
言い方を変えれば客観的に分かりやすい分野です。


そりゃそうですよね。
心臓が大きくなっていたらレントゲンで分かるし、
胃に穴が開いていたら内視鏡で分かります。
骨が折れたときには、肉眼的にも分かります。


でも、精神医学は違う。
確かに「器質的精神病」といわれる、
アルツハイマー病やてんかんなどのように、
実際に目で見て異常が分かるものもありますが、

うつ病などの感情障害、統合失調症などは、
客観的に、定量的に判断することは困難です。


すなわち、精神医学というのは、
①自然科学的、生物学的方法
②心理学的方法、その他文化科学的方法

この両者の中間?のような医学なんです。


もっと砕けて言うならば、
「目に見えるもの」と「目に見えないもの」の
両方を扱う医学とも言えるでしょうか?



そして、クリスチャンの私が何より気になるのは、
「心」と「体(脳)」について。
私は聖書を一字一句信じています。
ゆえに、体(脳)で心の全てを説明できないと確信しています。


一方で、精神科医の先生方は、どのように思っておられるのだろうか?

そう思って、今日尋ねてみました。



「先生方は、心は脳にあるとお考えですか・・・?」




すると先生方は皆、だんまり。


やっぱり、この問題については、
先生方も明確な答えを持っておられないようです。


しかし、ある先生がおっしゃいました。

「僕自身、心の全てが脳にあるかは分からない。
 でも、精神医学という観点では、心は脳にあると考えて、
 判断することが基本かな・・・。」


なるほど・・・と思いました。



そして、いろんな先生方に聞いてみると、
「心」と「脳」に関する多くの本が出ているみたいで、
紹介してくださいました。

これは大きな収穫です。



繰り返しになりますが、
私はクリスチャンです。
ゆえに、聖書に書かれてあることを一字一句信じています。
一方で、神さまが私たち人間に与えてくださったもう一つのバイブル、自然。
もちろん、私たちの体も神が与えてくださったメッセージの一つ。

もっともっと勉強して、
「心」と「脳」について理解を深めていきたいなって思います。

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