Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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一番良い着物

こんばんは!

今夜もこうしてブログを通して、

真実で、唯一の神様のすばらしさを

伝えることができること、、

本当に本当に感謝します。



プロフィールにも書いてますが、

僕は偉そうに、

「クリスチャンはこうだ!」

とか。

「神様はこういう方だ!」

とか。

人に言えるような存在ではありません。


むしろ、父と母という本気で神様に従うクリスチャンのもとで育ち、

自分自身も神様を信じる洗礼を受けたにも関わらず、


僕はしばらくの間、

教会でみせる「クリスチャン」の自分と、

実際の生活の自分との、

二重生活を送っていました。


その中で、自分の思うままに生き、

傷つけた人もいました。


神様の存在を信じたり、従ったりするなんて、

全然考えてもいなかった。



そんな自分が、大学生になって、

いよいよ追い込まれた時に、

僕は生まれて初めて、自分の口で心の底から叫びました。


「神様!!本当にあなたはいるんですか!!!」

「あなたは目に見えない。あなたは聞こえない。」

「本当にあなたがいるなら、そのことを証明してください!」

「そうすれば、私はあなたを信じます。」



改めて書いても、

本当に神様に対する上から目線な祈り。。


今でも覚えてる。

2010年3月11日の午前3時、愛知の青年の家だった。


寒い施設の中で本気で祈った後。

ふとため息をついた時、


僕の心に今まで感じたことがない風が吹き付けるのを感じて、



心にふと、



「私の愛する子」


と語って下さったことばを感じた。。



涙が溢れた。



「神様が・・・いる・・・」


あんなに高慢な祈りをした自分なのに。

これまで、ずっと、ずーっと、

背を向けてきたのに。


裏切ってきたのに。


神様は僕をあきらめていなかった。

それどころから、

こんなボロボロで、汚い僕のことを、


「愛してる。」

と伝えてくださった。



あの瞬間から、僕は神様のために、

救い主イエス・キリストのために、

生きていこうと決心した。



それから、いろんなことがあった。


それまでの友達との関係が変わった。

当時お付き合いしていた人とも別れることになった。




全てを、失った。


全てを、手放した。



そのとき、神様は僕に語ってくださった。


それは、2010年3月11日にも語られた約束のことばだった。


「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。

-主の御告げ-

それはわざわいではなくて、

平安を与える計画であり、

あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」


エレミヤ29章11節



全てを、失った時。

全てを、手放した時。


正直、この約束のことばを、100%信じ切れていたかというと・・・

そうじゃなかった。


でも、この約束のことばにすがりついて。

必死に、

必死に耐えた。




そして、それからしばらく経ってから、

僕の目の前に、ある女性が現れた。



その人は、本当に神様を慕い求める人で、

御霊に満たされている人だった。


その人への思いが募り、

いろんなことがあった後に、

ふたりで会うことにになり・・・

結婚を前提としたお付き合いに向けて一歩ずつ進んでいった。






でも、


僕の心には大きな恐れが押し寄せてきた。

不安が心を覆った。



「僕なんかでいいんだろうか・・・。」


僕には自信がなかった。

こんなに素晴らしい女性を、妻としてめとり、

こんな自分が夫として支えていくことができるんだろうか・・・



僕には・・・無理なんじゃないか・・・



そんなときだった。

神様はある箇所を通して語って下さった。


それは、「放蕩息子」の箇所。


父を離れて、湯水のように財産を使い、

好き放題生きた後に、

全てを失い父のもとに返ってきた男。


彼は、使用人としてでもいいからやとってほしいと、

父に頭を下げるつもりだった。



僕と重なった。


僕自身、好きなように生き、全てを失い、

いろんな言い訳を携えて、

父なる神様のもとに帰ってこようとしていたから・・・



しかし、


父の反応は、

放蕩息子、そして僕の予想を裏切るものだった。




「こうして彼(放蕩息子)は立ち上がって、自分の父のもとに行った。

ところが、まだ家までは遠かったのに、

父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、

走り寄って彼を抱き、口づけした。

息子は言った。

『お父さん。私は天に対して罪を犯し、

またあなたの前に罪を犯しました。

もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』


ところが父親は、しもべたちに言った。

『急いで一番良い着物を持って来て、

この子に着せなさい。

それから、手に指輪をはめさせ、

足にくつをはかせなさい。

そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。

食べて祝おうではないか。

この息子は死んでいたのが生き返り、

いなくなっていたのが見つかったのだから。』」


ルカ15章20-24節



神様は、僕が帰ってくるのをずっと、ずっと待っていてくださった・・・

そして、ボロボロになった僕が、

やっと帰ってこようと歩み直そうとした瞬間、

僕を見つけ抱きしめ、

「愛してる。」

と伝えてくださった。




そして、僕のことを本当に喜んでくださり、

「一番良い着物」を与えてくださった・・・







神様は、愛に満ちた方・・・

その人が、それまでどんな人生を歩んできたか、

どんな失敗をしてきたか、

そんなことでそれからの人生の祝福を変えることはなさらないお方。




もちろん、僕自身・・・

自分の蒔いた種を刈り取るとき、

多くの痛みが伴ったし、

時間もかかった。



しかし、その先に天の父なる神様は、

エレミヤの約束の通り、

僕にとって「一番良い」妻を備えてくださった。。

本当に僕にとって彼女以上の妻はいない・・・



そのことを真に受け止めることができたとき。


僕は、神様が横に置いて下さった妻を、

自分の地上の生活の限り、愛し、

一緒に天の父なる神様のもとに帰ろうと決意した。





妻は、今も、僕を本当によく支えてくれている。

今日も、やっとしんどいトンネルを抜け出したかと思いきや、

気圧の変化からか片頭痛が襲ってきて。


午後は仕事にならないくらい頭痛に悩まされた。



そんな自分の弱さに打ちひしがれている僕の話を、

妻はただただ聞いてくれて、祈ってくれた。



僕は、このブログを通して、

妻のすばらしさを伝えたいというよりも、

神様のすばらしさを伝えたい。

妻もそう願っている。





神様は、僕らひとりひとりの最善を知っておられる。


神様は、あなたがどんなに失敗したとしても、

道を誤ったとしても、


あなたの帰りを待っている。



あなたが帰ってきたとき、

神様は僕の時と同じように、思いっきり抱きしめ、

そして、あなたにとって最高の人生へと導いて下さる。




神様はそういうお方。

愛に満ちたお方。

慈しみに満ちた方。



「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」

マタイ3章2節

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ご報告。

こんばんは!


こうして2016年5月もLifeを更新できることを神様に感謝します。

早いもので、今月でLifeは6周年を迎えます。


社会人になってから更新の頻度は減ってしまいましたが、こうして今も継続できているのは、神様がこのブログを書くように促して下さっているからです。


以前もお伝えしたことがありますが、このブログには一応宛先があります。

それは、若い世代のクリスチャンの皆様です。


若い世代のクリスチャンの皆様は、多かれ少なかれ葛藤されていると思います。

「聖書はこう言うけど、実際には難しいよ…」

「クリスチャンとしてこの日本に生きることって、本当にできるの…?」

「神様って目に見えないけど、本当にいるの…?」


クリスチャンホームに生まれた僕自身、いつもこのような問いが胸に湧き上がってきました。

でも、そんな僕を励ましてくれたのは、神様を純粋に信じて従う、クリスチャンの先輩の後ろ姿でした。

実際に聖書の通りに社会で生き、自由と喜びをかみしめて生きておられる先輩の背中こそ、僕にとって大きな励ましだったのです。



僕の背中は、本当にボロボロで小さな小さなものですが、

それでも、

「神様は生きておられるんだよ。」

「実際に、聖書の通りに生きるとき、本物の自由と喜びがあるんだよ。」

と伝えることができたらと願っているのです。


もちろん、宛先こそ若い世代のクリスチャンですが、このブログを通して、多くの人に神様のすばらしさを知って欲しいという思いがあります。


イエス様を全く知らない人に、
「へー…この時代に、この日本で、本気でイエス様を信じている人がいるんだ…」
と知っていただけたら。


僕よりずっとクリスチャンとして先輩の方々に、
「ほー…まだまだ未熟者だけど、こいつもイエス様に本気で従おうとしているのか…」
と受け取っていただけたら。


それは、本当に感謝なことです。


どうか、このブログを通して、神様のすばらしさが明らかにされますように。




さて、今日は重大な発表があります。

わたくし佐々木満ちるは、2016年4月29日に、イエス様を心から信じ従う一人の女性と結婚しました。


このブログを始めた時は、こんな風にご報告できるとは思ってもいませんでした。

あの時は想像もできなかった素晴らしい結婚を、神様は僕にプレゼントしてくださいました。



このブログでも時々、婚約している方がいることはお伝えしていたと思いますが、「恋愛と結婚」というテーマであまり積極的に書かなかったのは理由があります。

それは、結婚式の当日を迎え、神様と公の前で誓約をするまで、私たち二人が夫婦となることは決定事項ではなかったからです。


僕のクリスチャンの親友は、よく僕に念を押しました。

「俺は、満ちるが神様と俺たちの前で誓約をするまで、二人が神様に導かれた夫婦だとは認めていないからな。」


その言葉は、幾度となく僕の正してくれました。

「誓約の時まで、この女性が、神様が導かれた相手なのかどうかは分からない。」

その思いがいつもこの心にあったからこそ、結婚のその日まで相手をきよく、大切に、そして愛することができました。



結婚をしてふたりがひとつとなった今、結婚について証したいことはたくさんありますが、少しずつ、時間をかけてお伝えしたいと思います。



ただ一つ、皆さんに今証したいことは、神様に導かれる結婚は本当にすばらしいということです。

僕の小さな頭と心での想像をはるかに超えて、結婚はすばらしいものでした。
そして、僕はこれからなお一層そのすばらしさに気付いていくでしょう。


どうか、今神様に導かれる結婚を心から願い求める方々が読んでいらっしゃいましたら、その思いを本当に大切にしてください。
急がず、焦らず、神様の時を待ってください。

心から神様に期待し、あなたのすべてを委ねてください。

神様は、あなたに一番良いものを、一番良い時に、一番良い場所で用意しておられます。


あなたを通して、神様のすばらしさが明らかにされますように。

私たち夫婦を通して、神様のすばらしさが明らかにされますように。

自由な恋愛

おはようございます(^^)

って、今礼拝の時間なのでは?!と思う人もいると思うので先に弁明・・・笑

今、循環器内科をローテーションしていて、緊急カテーテルがあった場合は病院に呼ばれるため、淀川キリスト教病院かあ半径30分以内にいなければいけなくて.

いつも通っている、MB石橋キリスト教会は30分ではいけないので、この1カ月は尊敬する信友たちがいる「ライフハウス」に行っているんです.
そしてライフハウスは14時から礼拝(サービスっていったりする)があるので、今ブログを更新できるわけです、はい.笑



ここでちらっとライフハウスのこと.

もともとブログで知り合った信友が行っている教会で、最近ジーザスライフハウスっていう名前からライフハウスに変わりました.

本当に素晴らしい教会.

聖書に忠実に従い、分かち合いを大切にし、僕ら若い世代の救いにフォーカスを当てています.

いずれも、固定観念に縛られず、聖書の真理を大切にしつつも新しいことにチャレンジしています.

ここで、今までイエスさまを知らなかった多くの若者たちが、イエスさまを救い主と信じて、新しい人生を歩み始めているのを見る時ほんとにうれしくなる、励まされる!

本当に多くの実を結んでいる!

僕は、この教会を思うとき、ある聖書の箇所を思い出した.

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です.人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます.わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです.」


僕らがその人を知ろうとするとき、その人の友達や人間関係、歩んできた道のりを見てヒントを得られるのと同じように.

クリスチャンとして、また教会として、結ぶ実を見るときその歩みの素晴らしさが見えてくると思います.


もし、ライフハウスを知らず、見たことがなく、聞いたことがなく、イメージしかない人がいたとしたら・・・少しの勇気を出してそこで何が語られ、何が起こっているのかを見てみてほしいと思うんです.

その実をみるとき、本当にイエスさまがライフハウスを愛しておられ、働いておられることがわかると思います(^^)




と、前置きが長くなってしまいましたが、今朝は久しぶりに「恋愛と結婚」のテーマで書きたいと思います.



昨日、病院の先生方の集まりがあって、本当は同期で集まる予定だったんですが、日ごろの疲れがピークに達していて先に帰ったんです.

家で一人、ぼーっとしながら、「体育会TV」で田中のまーくんのスーパーショットを見て.

何しようかなって思ったら、旭川から持ってきたお気に入りのDVDたちが目に入ってきた.



そしてその一つの、「ユーガットメール」を見ました.


この映画、本当に好き.


トム・ハンクス、メグ・ライアンの二人が好きだし、何よりノーラ・エフロンの脚本が好き.

でも、それだけじゃなくて、この映画を見ると、自分の大切な人と出会った時のことを思い出すから、本当に好き.笑




と、別にのろけたいわけではないので、その内容を書くわけじゃなく.



イエス様を信じて、歩み始めて、与えられた女性との出会いの素晴らしさを伝えたいなって思う.


簡単にいうと、このみことば.

「古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました.」
Ⅱコリント5:17

ほんとにそうだった.


イエス様を信じて、従う中で、その人と出会い、いろんな話をして.

すべてが、ほんとにすべて新しかった.


お互いのことを伝える過程、知っていく過程.

イエス様が二人の心に触れて、一つひとつ扉を開いてくださる.

ほんとにすべてが新しい感覚だった.


(といいつつ、今もまだその途上なんだけど)



恋愛や結婚に関して、「そんなの自由にすればいいじゃん.」という人がいるかもしれません.

いや、恋愛・結婚に限らず、クリスチャンのように「●●はしてはいけない」とか、そういう風に制限されるのってなんか不自由だと思っている人がいるかもしれません.


実際問題、僕もイエス様に出会うまで、そう思っていました.

「好きだったらいいじゃないか.」

そう思っていました.



でも、本当にそう?


自分の思う通りにすることが本当に自由?


本当に幸せ?


僕は、自由の意味を問うとき、「かくれんぼ」のたとえをする.

まぁ、かくれんぼでも、だるまさんが転んだでも何でもいいんだけど.



なぜ、かくれんぼは楽しめる?


それは、ルールがあるから.


鬼が壁に向かって眼をふさぎ、30秒間数え、「もーいーかい!」と言う.

隠れてるこっちは、まだ隠れきれていなければ、「まーだだだよ!」と言う.

そして、隠れ終え、「もーいーよ!」と発されたのちに、鬼は一人ずつ見つけ出し、見つけ出された人から壁に手をつけつながっていく.



だけどもし!


このルールを完全に無視するやつがいたとしたら.

「もーいーかーい!」と言わずに、自分勝手に隠れていない人を見つけようとしたり.

そもそもまったく隠れようとしなかったり.


そんな人がいたら、かくれんぼは何も面白くない.




なんか話が脱線しているようにも見えるから、一気に戻すと、、笑


自由っていうのは、ルールが全くなく、自分の好き勝手にすることじゃないってことを伝えたいんです.


恋愛もそう.

二人がよければ、どんな順序だって、何をしたっていいじゃん!っていうのは本当は違うんじゃないかと思う.

二人にも親がいて、友達がいて、家族がいて.

そして神様がいる.


二人に守るべきルールがあるからこそ、お互いをゆっくり知る時間は楽しくなり、些細なことで力をもらったり、生きる勇気をもらったりできるんだと思う.



実際、俺はイエス様にある恋愛を体験して、本当にすべてが新しかった.いや、新しい!

小さな一つひとつが、本当に新鮮で、楽しくて、そして人生を豊かにしてくれる.



いつか、もしイエス様の御心でその人と結婚の日を迎えることができて、二人での新しい人生が始まったとしたら、それはそれでもっともっと素敵なことがある.


季節にも春夏秋冬があり、いずれの季節にも楽しみ方、歓び方があるように.

二人の全ての季節にも、それぞれの楽しみ方、歓び方があるんだなって感じる最近.




イエス様にある、恋愛と結婚は本当に素敵.

それが一番言いたいこと.



ではでは(^^)!

結婚の目的

こんばんは!

すごい。。

ここ最近、毎日更新できてる(´▽`)
神様だーーー!

今日も一日守って下さって、言葉を与えてくださって感謝します。


今夜は久しぶりに、恋愛と結婚について!!


とその前にちょっとだけ。

今日生まれてはじめて胃カメラやってもらったんですよ\(◎o◎)/!

今消化器内科回っているんですが、先生が、
「佐々木・・・受けてみる?」
と冗談半分でおっしゃったのを真に受けて、朝ごはんもがっつり食べたのに急きょやってもらいました。



うん・・・・・・


今まで胃カメラされてる患者さんを何人も見ていたけど、、

めっちゃくちゃつらいですね( ̄ー ̄)

ほんとにやってみて分かりますわ。

特にのど元越えるまでが辛いのなんの。

うん。まとめると。
「人の辛さは自分が同じ目にあわんと分からん!!」
以上(´▽`)




さてさて本題に戻って。

「結婚の目的」

タイトルは思い切って格好良く言ってみたけど、こんなことは正直分かってない。笑

だってまだ結婚してないし(*'▽')!


ただ、最近「二人を生きる関係」という俺の人生にとってめっちゃ大事な一つの本の言葉を思い出すんですよ。

「ある意味で、結婚の一つの目的は、生涯をかけてひとりの人を知ること(そしてひとりの人に自分を知られること)にあるのではないか、と今私は思っています。」

初めて読んだときは、
「ふぅん・・・わかるような・・・わからないような・・・」
って感じだった。


でも最近めっちゃ、「相手を知る」ことの大切さを感じます。


「相手を知る」
ってどういうことなんだろう。


趣味を聞いたり。

家族の話を聞いたり。

面白かった話を聞いたり、落ち込んだ話を聞いたり。

そういうふうに、「聞く」っていう知り方が僕らにはある。


ほかにも、一緒に行動したり、遊んだり。

写真撮ったり。

「見る」っていう知り方もある。



だけど、それだけじゃなくて。

相手の存在そのものを、確かに今この世界で一緒に生きてるその人を、「感じる」っていう知り方もあるんですよね。

正直、まだうまく言葉に表せないけど。

この「感じる」っていうことが、とっても大切な気がする。



相手の喜び。

痛み。

悲しみ。

悩み。

傷。

強さ。

力。


それらを心と体と魂で少しずつ、少しずつ感じ取り。

少しずつ自分の内側に刻まれていき。

二人は本当の意味で近づいていく。

そういった目に見えない距離が、結婚にとって大切なのかもしれないって感じてる。



あるときは、一切言葉を取っ払って、目をつむって、相手の存在そのものを感じる時だってあっていいんだと思う。

それくらい、大切な相手を「感じる」ことは価値あることなんだと思う。


とまぁ、また抽象的なことを書いてしまった。笑

俺は今日もこんな感じ!!笑



でもいっつも原点はイエス様。

俺はイエス様に会ったことないし、見たことないし、直接声を聞いたことがない。

だけど、「感じる」。

ほんっとに感じる。生き生きと、心にイエス様のいのちを感じてる。


そういうことも言いたかった!笑


おやすみなさい♪

二人三脚

こんばんはー♪

旭川、雨降ってます。
ここに来て六年目だけど、12月に雨は初めてな気がするなぁ。
雪もいつもなら積もっててもいいのに、今日の雨でまた解けちゃいました。

冷え性な僕にとっては嬉しいことだけど、地球は大丈夫かなぁーなんて考えたり。


さてさて、今夜は久しぶりに、恋愛・結婚について書きたいと思います(^^)/

というのも、最近は信仰の友の恵悟に薦められた、

「二人」を生きる関係(近藤由美著)

という本を読んでいたんです。


それはまぁ・・・恵悟が薦めるだけあって、ほんとに良い本です!!
僕はお会いしたことはないんですが、著者の近藤由美さんは以前KGK主事をされていたそうで、当時の学生たちとの触れ合いや、ご自身の体験を通して、とっても分かりやすく書いてくださっています。

この本は、特に男性クリスチャンにオススメです。
というのも、「近藤さんが、恋する悩めるクリスチャン男子に手紙を送る」という感じの設定で話しが進んでいくからです。笑


僕は、一章ずつ読む度に、
「なるほどーーー!!!」
ってうなずきまくり。笑


でも、うなずく時もあれば、「ぎくっっっ!!!」って時もあって。。

昨日はそんな箇所に出会いました。

「自分の思いどおりの生き方を実現するために、自分の願いにかなった「助け手」を神さまが与えてくださるのだ、などとあなたが少しでも思っているなら、結婚は惨めな結果になるでしょう。」P80


あゎあゎ。。


まさか自分がこんな風に思っていないよーー!なんて思って一回はスルーしたんですが、なんだかこの箇所が気になって、気になって。
じっくりじっくり読み直す中で、心のどこかで、こんな風に、大切な相手を、「自分の思いどおりの生き方を実現するための存在」って思ってた自分に気付いたんです。。


文章は続きます。
「結婚はたとえるなら、ひとりで走るものから、二人三脚で走る競技に変化するようなものです。両足を使って前に進むことに変わりないのですが、二人三脚の競技は、自分に気を配るのと同じくらい(あるいは自分以上に)隣を走る相手にこまやかな神経を使わなければ、うまく走れません。自分を知るのと同じくらい相手を知らなければ、うまくいかないのです。二人がどれくらい息を合わせられるかが、鍵になってきます。この競技の質の違いを理解した上で競技に臨まないと、実力があり、走る技能に優れ、個人競技でそれまでどんなによいタイムを出していた人であったとしても、二人三脚は走れないのです。」


なるほどーーー・・・・・・。。


二人三脚かぁ。。



「二人三脚」って言葉が心にずーんと来ました。笑

僕はどこかで、僕は僕で一生懸命この人生を走り続ける。その走りを支え、励ましてくれるのが「助け手」って思っていたのかもしれません。

でも、そうじゃないんですね。


二人で、呼吸を合わせ、ペースを合わせ、一歩ずつ進んでいくことが結婚なんだって知った、衝撃的な瞬間でした!笑



今朝のデボーションの箇所。
「また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。」
Ⅱコリント5:15


アーメン♪

今回、この本を通して教えられた、「聖書にある結婚」、「神さまが導いてくださる結婚」についてもそうだけど、それだけじゃなく全てのことについて、自分のためにすることはやめます!!
きっと無意識的にそんな風に考えちゃったり、行動しちゃったりするかもだけど、何度でも「イエス様のために生きる」っていう原点に立ち返っていきたいなー(^^)

結婚もそう。
仕事もそう。
人生もそう。
命もそう。

僕の全ての全てを、ただただイエスさまのためにささげていきたいなって思った一日でした♪


満ちる

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