Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

狭い道

こんばんは!

大阪は梅雨が始まった・・・のかな?
最近は突然雨が降り出したり。

ずっと住んでいた北海道には、「梅雨」そのものがなかったから不思議な感じ。

きっとこれからジメジメしてくるんだろうなぁー( ̄ー ̄)


六月に入って二週目。

もしかしたら、ちょっとずつ心と身体に疲れが出てきてるのかも。

みんなおんなじ?なのかもしれないけど、新ししいこと尽くしで走り抜けた4月と5月。
きっと無意識のうちにアドレナリンもいっぱい出てて、疲れてることも辛いこともあんま分かってなかったのかな。

それが6月に入って、ちょっとだけ余裕が出てきたと同時に、ふっと湧き上がってきた気がする。


淀川キリスト教病院の4階の一番左の後ろから4番目。
そこに座っては、目をぎゅっとつむって、
「神様、助けて下さい。」
って祈ってる。


弱い自分は時々考えてしまう。
「なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだろう。」って。

そんな時だった。

使っているデボーションテキストのリビングライフに、こんなことが書いてあった。

「神は不安定な状況を用いて、神を信頼する方法と、神が神であられることを教えようとされます。」

続けてこう書いてある。

「私たちは信仰を活用する方法を知らないだけでなく、正直言って、活用したいと思う心もないのです。しかし、神は私たちを不安定な状況へと追いやり、私たちの中に植えておかれた信仰が働くようにされます。」

すーーーーーーっごいしっくりきた。

ほんとにほんとにそうだと思った。

こっから本音を書く!!笑

俺の本音の本音は、楽をして生きていきたい。

ある程度のお金があってある程度の生活ができて。
仲の良い友達が近くにいて、大好きな人が近くに居て。
家族にも時々会えて。
教会でもリラックスしてゴロゴロして。


そんな、そんな楽な感じで生きていきたい!!笑

それが俺の本音。

そういった意味では、住み慣れた、そして知ってる人が多い北海道に居たいって思いもある。

こういう風に、俺っていう人間の本音の本音は、
なんとなく楽な方向に。
言い方を帰れば、神様を必要としなくても生きていける方向に。
進もうとあがいている。


でも、俺はイエスに出会って、救われて。
そういう自分中心の生き方をやめるって決意して。

イエスっていう一人の人に付いていくって決めた。

そしてイエスに付いていくってことは、上にもあった通り、ほんとにほんとに狭い道を通らんといけん。

だって、イエスという人がこの世界で誰よりも狭い道を生きたから。

なぜ狭い道を進んだか。

それは、俺も含め人間は、辛くて苦しい道の中でなければ、寂しくて弱さを感じる道の中でなければ、本当に大切なことに気づけない存在だから。

神様は、かならず生きておられる。
今も生きておられる。

でも、そのことを知るためには、感じて、恵みを受けて生きていくためには。
俺たちは楽な道、広い道ではだめなんだって分かる。
だって求めないもん、神様のこと。


だから、俺は本音の俺も含めて神様に明け渡して、神様助けて下さいって祈る。
この大阪の地にいるからこそ、今この状況にいるからこそ、狭くて窮屈で苦しいからこそ。

俺は神様を求め、神様をもっと知り、もっと信じることができる。

だから、俺は感謝してる。

俺は明日も大阪に居る!!!笑

最後はなんじゃw



こんな感じで必死に生きている最近でした。笑

きっと、読んでくださってる皆さんもそれぞれ、苦しいこと辛いこと。窮屈なことあると思う。
簡単には言えないけど、俺はクリスチャンだから、それは神様があなたに与えられてるものだと信じてる。

神様はあなたに会いたくて、会いたくてしょうがない。
いつもいつも、あなたを思い、あなたがイエスを通して救われることを祈ってる。

俺もそう願ってる。祈ってる。


おやすみなさーい!!

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使命

こんにちは(^o^)

体調も大分戻ってきて、いよいよ元気出てきたぞーー(≧▽≦)ノ

でも、ここでまた全速力で走り出したら、また体調崩すから、ちゃんと大阪に行くまでに準備運動して、アップして、そして大阪で走り出すぞーーー( ̄ー ̄)!笑


今日は、自分の人生のことを書く。

俺は、このブログのタイトルを、あるとき「Life」に変えた。
そのことは、結構大きな意味があった。


俺は、
「神様が本当にいる!!!!おまけに、神様はめちゃくちゃ俺たち人間を愛して下さってる、最高に素晴らしいお方だ!!!」
って知ってから、何としてでも、そのことを伝えようと思った。

それが、俺の使命だと受け取ったし。


そして、俺はいっぱい書いた。

自分の心の葛藤から、何から何まで、俺は文字通りさらけ出した。笑

正直、俺は不器用だ。

振り返れば、もっともっとうまく書く方法だってあったかもしれないけど、俺にはそれが分からなかったから、俺にできることを探したら、自分自身の全部をさらけ出すしかなかった。

名前も公開して、悩んでる事、思ってる事、全部書いた。
全身全霊で、俺は伝えたかった。

「神様はほんとにいる!!」
ってただそのことを。



だけど、俺はある時に気づいた。

「言葉だけじゃ伝わらないんだ。」
って。


もちろん、伝えるために、「言葉」はとっても大切だ。
言葉というツールがなければ、俺は表現することができないから。


でも、俺は言葉以上に、俺が実際にどう生きているかっていうことが大事なんだって気づいた。

俺の当たり前の生活とか。

俺の周りにある人間関係とか。

そしてもうちょっと長いスパンで考えれば、俺の人生そのもの。

もっと抽象的に考えれば、俺の命そのもの。


それをなんかうまく表現できないかなって思って行きついたのが、このブログのタイトルの、「Life」だった。

正直、なんだか中二病みたいで、恥ずかしいって言われたら、恥ずかしい。笑
でも、俺ある時思った。

別にいいや!!って。笑
恥ずかしくたって、なんだか青臭くたって、そんなのどう思われるかってこと以上に、俺はやっぱり伝えたい。

「神様はいる!!!神様は本当に俺たちを愛してくださってる。」



さっきのこと、もうちょっと詳しく書く。

例えば、俺がよく書く恋愛・結婚。

俺がいくら、
「結婚って素晴らしいよ!!」
っていったとして。


俺がいつかほんとに結婚して、家に帰って。
奥さんとは何も会話もせず、奥さんを面倒くさい重荷と感じてて、なんで結婚したんだろうって考えて。

奥さんは奥さんで、俺のことを本当は全然大切に思ってなくて、なんでこの人と結婚してしまったんだろうって考えて。

そんな俺が仮にブログを続けてて、
「結婚は素晴らしいよ!」

って言って、そんなん、何も説得力ない。

言葉じゃいくらだって言える。えらい人たちの言葉、聖書の言葉を引っ張ってきて、ここに書いて。
結婚の理想を語ったとして、それを聞いてる人には、少なからず伝わってしまうと思う。
「この人、なんだか口だけだ。結局神様なんていないんじゃないの。」って。


俺はそれは絶対に嫌だ。

俺は自分は口が達者なことをちょっと気にしてる。笑


俺は、心から言いたい。嘘とかなく、口先とかだけじゃなく、ここで言う通りに、本当に幸せな結婚がしたい。

仕事で疲れ切って、でも家が近づくにつれて、俺の心は元気になる。
なんでって、奥さんに会えるから。神様が与えて下さった、自分よりもっとすてきなもう半分である奥さんに会って、一日会ったことを話して、奥さんの話も聞いて。

そして、二人でいる時間の中で、「生きていて、ほんとに良かった。明日も、また頑張ろう。」ってそう言いたい。
心からそう言えるような結婚がしたい。



俺が言いたいこと伝わってるかな。神様、伝わるように助けて下さい。



ここで、俺は絶対に強調しなきゃいけないことがある。

それは、俺の本当の目的は、「幸せな結婚」ではないってこと。

ここ、めっちゃ大事。


俺の一番の願いは、幸せな結婚でも、充実した仕事でも、真実の人間関係でもない。

ただ一つ、「神様は本当に生きてる!!本当に素晴らしい!!」って、このブログを読んでる人に、俺という人間と接している人に、知ってもらうこと。

正直、俺のことはどうだっていいと思ってる。

俺が有名になるとか。

俺が金持ちになるとか。

俺が好きな人と結婚するとか。

俺は、そういうのを求めて生きるの、ほんとにやめた!!!って決めたし、これからもそう言い続ける。


理想だって言われてもいい。でも俺はそう言い続ける。



だから勘違いしてほしくないのは、「佐々木満ちるの幸せな人生」を書きたいわけではないってこと。

俺はこれからも、悩んでることも、葛藤してることも、理想も、現実も書き続ける。

もがいて、もがいて、でもただ、

「神様は本当にいる!!!そして、神様は神様を求める人には、本当の幸せを与えて下さる!!!」

ってことを信じて、疑わないで、生きていく。


俺は、神様に与えられた、このたった一度の人生の中で、このLifeで、神様を素晴らしさを伝え続けたい。
それが、俺のこれからもずっと変わらない使命!!


20140312
佐々木満ちる

真実と正義

こんばんは♪


昨日から休みで、月曜日も祝日だから、花の四連休♪♪・・・とは行かないですねー(T^T)笑

受験生なので、この四日間は勉強頑張りますっ( ̄ー ̄)ゞ

だけど、ちょっとは息抜きも必要でしょっ!てことで、見たいと思ってた映画を二本借りちゃいました。笑


そして今日見たのが、

「それでも僕はやってない」

という、日本の映画。


2007年くらいに公開された映画なんですけど、ほーんとに観て良かった。。
(あっ、多分ネタバレになっちゃうんで、この映画見たい人は今日のブログはここまで!!笑)


この映画が扱ってる問題って、とってもとっても大きなもの。

日本っていう国の「法曹界」が抱える大きな問題を浮き彫りにしてるものだった。。


最後に、主人公は言うんです。

ボクは初めて理解した。裁判は真実を明らかにする場所ではない。
裁判は、被告人が有罪であるか、無罪であるかを、集められた証拠で、とりあえず判断する場所にすぎないのだ。
そしてボクはとりあえず有罪になった。




見終わってしばらく、考えてました。

真実って・・・なんなんだろうって。




実は僕は、高校に入るまで、ずっと弁護士を目指していました。

妹が時々思い出しては言ってくるんですけど、僕は小学校の時から部屋のいっちばん目につくところに、きれいにレタリングしたこんな文字を貼ってました。


「北海道大学法学部」


我ながらかわいいですねw
でも、ちっちゃいながらに、真剣に、
「いつかは絶対弁護士になる!!無罪の人を助けるんだ!!!」
って決めてました。

そして、僕以上にまっすぐな父さんは、小学生の僕に、ブックオフで分厚い司法試験の本を買い与えてくれたりしてたなー(´▽`)(はい、全く読めなかったですけど。笑)


その後どうして医師に変わったかはまた別の機会にして・・・

どうして、弁護士を目指していたかというと、簡単にいうと僕はほんっとに正義感の強い子どもだったんですよねー。良くも、悪くも。笑


小学校で難しいこと分かってなかったときも、「君が代は歌っちゃいけないんだぞ。」って父さんに言われて、「きっと、悪いことなんだ!!」って思って、キッと口を固く結んで卒業式で座ったり。
高校で友だちが先生に理不尽に怒られて、「先生!それは違うと思います!!」って言ったり。笑

そんな気質があって、

「無罪の人が罰せられるなんて、絶対にあっちゃいけない!!僕は、絶対にそういう人たちを助ける!!」
って、小さいながらにずーっと思ってたんですよね。。


そんな気質は、きっと今も強くあるんだと思う。
振り返れば、大学でもいっぱい失敗したなー・・・笑


あっ、もちろん今もこの気質を感謝して、とっても大切にしています♪

でも、今の僕が、昔の僕とちょっと違うのは、ある一つの大きな事実を神さまに教えていただいたことです。

それは、とっても簡単なことだけど、とっても難しいこと。

「人間は完全じゃない」

ってこと。


それは何もあきらめとかじゃなくて、絶対に変えることができない事実。
そんな人間が集まって「真実」や「正義」を決めることって、とっても難しいことだと思う。

気付かないうちに、僕も、全ての人も、傷つきたくなくて、隠したくて、ウソをついてしまうから。

その人がついたウソが小さなものでも、たくさんの人のウソが重なったらそれは大きなウソになってしまうから。
こうして、「真実」や「正義」がどんどん隠されていってしまう世界こそ、今僕らが生きてる世界の現実なんだと思う。


でも・・・、大切なことはそこからで、その中でも、必死になって「真実」を、本当の「正義」を求めて生きていく人がどんな世界でも求められているのだと思う。

あきらめちゃいけないんだと思う。


僕自身には、「絶対にあきらめない!」って言い切れる力は正直ない。
だけど、僕がそれでもあきらめないで生きていきたいって思えるのは、同じこの世界で、唯一人生の最初から最後までウソをつかず、「真実」と「正義」とを貫いた人を知ってるから。


その人にあって、僕は、「真実」と「正義」をこの世界で求めていきたい。

時に、「真実」を明らかにすることが答えじゃないこともあると思う。
もしかしたら、「真実」を前にしても、忍耐することが「正義」であるときもあると思う。



満ちる

イマドキの若者

こんばんはー!

今夜も、こうしてブログを通して、お会いできることを嬉しく思います。
わたくしごとですが、23歳として書くのは、この記事が最後。。

数時間後から始まる24歳としての新しい一年も、イエスさまの導きの中で、たくさんの感謝と喜びがありますように♪


先日の土曜日は札幌に行ってきました。
お昼ご飯はKGKの後輩と食べ、その後は北海道KGKの感謝会に参加してきました。


感謝会でのメッセージのテーマを砕いていうなら、「今時の若者」について。
先生の言葉を聞きつつ、色んなことを思い巡らしました。

そして、旭川に帰ってきてからも、一緒に住んでる二つ下の妹と話しました。。


それで思ったんです!
「イマドキの若者」に入れてもらえる(笑)今のうちに、「イマドキの若者って何か?」ってことを自ら考え、言葉にしていく必要性があるって。
僕には、その責任があるんだって示されました。


だから今日は、「イマドキの若者」について、今の僕が思ってることを、拙い文章ですが書かせていただきたいと思います!


メッセージの中で、いくつかのことが心に留まりました。
一つは「スルスル族」!笑

初めて聞いたらなんじゃそりゃ!って感じですよね。
なんでも、イマドキの若者の傾向として、嫌なこと、大変そうなこと、疲れそうなことがあると、スルスルッってかわしてしまうことを言うらしい。笑

でも、確かに自分もそういうところあるかも・・・って思いました。
いわゆる、「ゆとり世代」の僕ら。
極力嫌なことはしないように、疲れないようにスルスルッって生きてるふしはあるかもですね。笑


後は、「イマドキの若者にとっての幸せ」。

なんだと思います?

聞いて図星で笑っちゃったんですけど、「コンビニで買ったスイーツを食べること」らしいですよw
これはめっちゃ分かる!!って妹と言いあいました。笑

実際に、学校帰りの妹とのラインでは、

僕:なんか買ってくものある?
妹:ローソンのスイーツ
僕:いいねーw

そして二人でほおばりつつ、バラエティーを見ながらケラッケラ笑ってる夜・・・よくあります。笑


でも、そんな話しを妹としつつ、ゆっくりと考えてみました。
確かに、枝葉?としてはそんな特徴がある「イマドキの若者」。
だけど、その本質は?その根底には何があるんだろう?って。。


その中で一つ気付かされたことがありました。
それは、イマドキの若者の心の根底にある常識。

それは、「あきらめ」。
裏返して言うなら、「期待しないこと」。


恋愛。

韓国ドラマに出てくるような、白馬のような王子様・・・
そんな人は私の回りにはいない。分かってる。
だからこそ、韓国ドラマを観たくなる。分かってる。

結局男なんて、自分勝手で、女ったらしで、無責任。
そこに期待したってしょうがないし、あるいみあきらめて割り切るところは割り切らんと。

そんな風に考えてる女子。


仕事。

仕事に情熱を持って生きてくなんて結局理想論でしょ。
仕事は仕事って割り切って、そこはコマであることに納得するしかない。
その中でたまったストレスを、酒、パチンコ、たばこで昇華してなんとかバランスをとってる・・・。

そう生きるしかない男子。


社会。

結局のところ、裏表のない大人なんていない。
面と向かっては何も言わないけど、当人がいなくなったらそこは陰口の嵐。
自分以外のあらさがしをして、自分以外の噂話で盛り上がって。
そうやってるから結局は自分もおなじように言われてるんだろうな・・・。

そんな風に思う「イマドキの若者」。



もちろん、一概に全ての人がそうだって言いたいわけではありません。
十人十色で、みんな色んな背景を持ってる。
だけど、一つの側面として、「イマドキの若者」の置かれている状況ってこんなんだと思うんです。

そして、こんな日々が続く中で、バランスを取る方法が「あきらめること」。「期待しないこと」。

だって、はなからあきらめてたら、期待してなかったら、何が起ころうとも揺さぶられることがありませんから。
そうやって自分の心、生き方を何とか保ってる。

それが、「イマドキの若者」の影なのかなと、今の僕は思います。



一方で、みんながみんな、この現状に満足しているわけではなく、この現状を心から幸せって言えるわけではないと思います。
たとえば、ワンピースとか。
あのマンガがなんでこんなにも売れるかって、本当にルフィが楽しそうなんですもん。

純粋な心もって、信頼できる仲間達に囲まれて、困難にぶつかって倒れてもまた立ち上がって!
そんなルフィの姿に憧れてるからこそ、いいなって思う部分があるからこそ、ワンピースは本当に日本中に広まっていったんだと思います。(自分もその一人w)


その夢と現実の狭間の中で、僕らは何を見ているか、それはやっぱり「人」なんだと思います。
もう、言葉なんてどうだっていい、もし仮に「答え」があるなら、それを生き方で示してほしい、僕はそう訴えているようにも感じるんです。


どんなかっこいい言葉も、セリフも必要ない。
「イマドキの若者」が求めてるのは、希望のあるリアルないのちなんだって思うんです。




そんなことを思う中で、僕は自分の生き方を通して、本当の希望を証していきたいって思うんです。

恋愛だってそう。
結婚する前、結婚する時はもちろん、おじさんおばさんになっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても、昔より今がもっと幸せ!!本当にこの人と出会えてよかった!そういえる結婚を僕は本気で求めてる。

仕事だってそう。
一つのコマとしてではなく、一人の人として、他の誰にも代われない人として、僕は神さまが与えてくださる僕にしかできない仕事をしたいって思う。
僕の仕事を通して、一人でも多くの人が、「生きてて良かった」って言ってくれるようなそんな仕事を本気で求めてる。

社会だってそう。
僕は、イエスさまにあるつながりの中で、ルフィと仲間達みたいな純粋な絆はできる!って信じてる。相手のために本気で悩み、本気で寄り添い、支え合うそんな人間関係ができるって信じてる。そしてそのネットワークが少しずつ、少しずつ広がって、日本中が幸せのネットワークではりめぐされる日を本気で求めてる。


僕は、絶対にあきらめない!
だって、イエスさまが決して僕をあきらめなかったから。
イエスさまが今までもこれからも、絶対にあきらめないから。

そして僕は、めっちゃ期待し続ける!
そんなこと無理だって言われても、馬鹿だって言われても、僕は期待し続ける。
人を信じ続ける。人を愛し続ける。
その中で、神さまが本当に素晴らしい奇跡を起こしてくださるって信じてるから。



「イマドキの若者」。
それはこれからもずっと変化し続けると思う。
だけど、イエスさまにあって歩む中で、神さまは僕のいのちを通して、最高のメッセージを届けてくださることを確信しています。



満ちる

失敗

こんばんは!

こうして、今夜もこのブログを通して、あなたにお会いできることを神さまに感謝します。
祈りつつ、書かせていただきます。


きっとみんな、時に自分が本当に嫌になることがあると思います。
「どうして、あんな失敗をしてしまったのだろう。」
「どうして、あんなこと言ってしまったのだろう。」

でも、その失敗はもう取り消すことはできなくて、もう時間は戻せなくて、残されたのは現実だけ。
その現実は、時に過酷で、時に辛い。

一方で、人は不思議で、失敗を通してでなければ成長をすることができません。
失敗して、人に迷惑をかけて、悲しませてしまって。
そして自分も悲しみ、打ちひしがれて。もがき苦しみ、葛藤して。

そうやって、人の心は強くなり、成長していきます。

だから、失敗には不思議なジレンマがあります。
誰もすすんで失敗したい人なんていないけれど、必ず人は失敗するものです。

それでも、前を向いて、進んでいかなければならないのです。


そうなると、僕らはしてしまった失敗に対して、忍耐しなければならないという事実に直面します。
すなわち、失敗を通して変わってしまった現実、そして失敗をしてしまう自分自身に対して、どんなに嫌でも耐えて、耐えて、生きなければならないのです。

しかし、忍耐することは、簡単なことではありません。
忍耐するということは、その現実に、自分自身に対して、目を逸らさずに真剣に向き合うことを意味するからです。
それは本当に痛くて、辛くて、苦しい作業です。

だから、時に人は忍耐することを避けて、何か安易な気休めに走ったり、そもそも忍耐しなければならないという現実から逃避したりします。
しかし、それは問題を先延ばしにしているだけで、どんなに時間が経とうとも、心の中では何も解決はしていません。


つまりは、失敗に対して僕らがとれるベストは、その現実と自分自身に忍耐して向き合うことしかないのです。
そしてこれこそ、人が成長するための唯一の道なのです。


それでは、どうすれば、私たちは忍耐し続けることができるのでしょうか。
忍耐し、成長し、また一つ大人になるにはどうすればよいのでしょうか。

一つは、その忍耐の先に、希望を見いだすことだと思います。
耐えて、耐えて、耐え抜いたその先に、必ずもっと素晴らしい世界があると信じ期待することです。
成長した自分となり、新しい出会いがあり、新しい挑戦があり、あなたの人生には全く新しいステージがすでに用意されているのです。
過去は決して変えることはできませんが、この一瞬以降の未来ついては、まだ何も決まっていないのですから。

それは、あなたが今をいかに生きるかによって変わっていくものであり、その今を「忍耐」という大切な作業にあてることを、私は薦めます。


そして、最も大切なこと。
それは、あなたがどんなに目の前にある現実に絶望していようとも、自分自身に対して失望していようとも、決してあなたを諦めない人がいるということです。
いつもあなたを思い、あなたを応援し、あなたのために祈っている人が必ずいます。
その人があなたを諦めないのだから、あなたも、あなた自身を諦めないでください。


失敗、そして忍耐。
これらを通して、あなたが本当の幸せに出会えますように。

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