Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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ジョギング

こんばんは!


久しぶりに、2日続けて更新できそうで、感謝です。
そして、今日もご訪問くださり、感謝です。


最近僕は、ジョギングを始めました。

今までは、トラックといって、100㍍や200㍍などの短い距離を専門にしていたのですが、これからは体力づくりもかねて10㌔近くのジョギングに切り替えました。

ジョギングには色んな良いことがあります。

1つは、体に良いこと。
当然ですが、運動することは体に良いです。
走り終わって、全身の筋肉が心地よく疲労し、体中の老廃物が汗と共に流された感じがすると、本当に気持ち良いですよ!

2つは、リフレッシュできること。
体を動かすことでモヤモヤしてることがスッキリし、気持ちがリラックスします。

3つは、お手ごろなとこ。
ジョギングは他のスポーツと違って、特に道具を必要としません。
ジャージとスニーカーがあれば、後必要なのは体だけ。

最後は、じっくりと自分と向き合えること。
走って汗を流しながら、その一日を振り返り、これまでの数日、数週間を振り返り、そして神さまに祈り。
案外、一人きりの時間って取れないものですが、ジョギングをするといやでも一人になります。
その中で、素晴らしい時間が流れていくんです。



とまぁ・・・なんで僕は「ジョギングのススメ」的なものを書いてるんですかね。笑

書きたかったのは、今日のジョギングの中で気付かされたこと。


昨日と重複しますが、やっぱり僕は本当に自己中心です・・・。
振り返れば振り返るほど、自分に利益のあることには首を突っ込み、そうでなさそうなことは手を引き。
そんな、「愛の無い男」佐々木満ちるなんです。

同時に、ここ最近の僕のクリスチャンたる「動機」がとってもとっても自己中心なものでした。
つまり、「神さまを信じること、従うことは、自分の人生にとってプラスに働くだろう!」ということを動機としていました。


パウロは、愛する兄弟のテモテに言っています。

知性が腐って真理を失った人々、すなわち敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです。
Ⅰテモテ6

僕はまさに、「敬虔を利得の手段」と考え、自己中心的にクリスチャン生活を送っていました。


僕はまたも、忘れていました。
僕の原点を。
僕がクリスチャンとして生きていこうと決めたその動機は、「クリスチャンとして生きていったら、成功できる気がする!」とかそんなものではなかったのです。


そうではなくて、神さまが、どうしようもない罪人の僕を見捨てず、愛してくださったからでした。
御子であられるイエスさまを十字架につけてまで、僕を愛してくださったからでした。


私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。
Ⅰヨハネ4:10-11


そう。僕が日々クリスチャンとして歩むその動機は、神さまの愛以外のなにものではありません。
それなのに、僕は日々の中でその原点を忘れ、「敬虔を利得の手段」と考えるに至っていました。


大事なのは、ここから。

さっき父さんと電話していたら、
「落ち込むのも良いが、そのことを教えてくださった神に、まず感謝しなさい。
 そして、顔を上げて、一歩踏み出しなさい。
 今の日本の中で、神がお前にたくされていることがあるはずだ。
 一歩、一歩、神と共に歩みなさい。」
(多少格好良く書いてます。笑)



父さん、ありがとう。
そして何より、神さま、ありがとうございます!

明日一日も、この最高の神さま見上げて、歩みます。

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