Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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no more 自分中心

こんばんは!

4月から再開したこのブログも、なんとか今日まで更新し続けることができました。
その力を与えてくださった神さまに、心から感謝します。

実は、パソコンに向き合うたびに、いや頭の中で何を書こうかと思い巡らす度に、自分とのバトルが勃発します。笑
「自分中心」に物事を考え、書こうとする自分。
「そうじゃないよ!このブログの中心は神さまなんだよ。」っていってくれる自分。
バトルの度、静まって慎重に書き綴るタイミングを祈り求めます。

僕は、本当に自分中心です。
気付けば、あらゆる思考の中心に、自分が立っています。

「自分」にとって、有益か?
「自分」にとって、人から賞賛されるような魅力的なことか?
「自分」にとって、マイナスな要素はないか?

悲しいかな、これが僕の思考の大原則。

「別にいいんじゃない?自分の人生なんだから、楽しんだ者がちでしょ!」
「自己実現が、何よりの幸せだよ!やりたいことやりなよ。」
って思うおられる方もいらっしゃると思います。

でも、自分中心に、自分の欲望、プライドの赴くままに生き続け、人生を終えるとき、本当に心から、
「この人生は、本当に幸せだった。」
って言えるのでしょうか。


イエスさまは、聖書の中で繰り返し言っています。
「自分中心の生き方はやめなさい。それは本当に空しいことです。」
そしてご自身が、自分中心に生きることをなさりませんでした。
イエスさまの心の中心にはいつも、神さまが、そして周りの人たちがいました。

それは、イエスさまだけではありません。
イエスさまを信じ、変えられた人たちは、その生き方に倣い、自分中心の生き方をやめました。

使徒のパウロさんは、イエスさまを信じる前までは、まさに「自己実現」型の人でした。
賢く、若い時から地位を得、まさにエリート街道まっしぐら。
そんなパウロさんでしたが、イエスさまを信じた後は、むしろ誰よりも人を愛し、人に仕える人になりました。

それは、イスラエル近辺の教会に書き送った、14もの手紙を読めばわかります。
その言葉は、励ましと、慰めにあふれています。
それだけでなく、パウロさんは生涯、命がけで、それらの教会の訪問を続けました。


ものすごい身近な話で言えば、僕の父と母です。
両親は、本当に驚くほど、「自分」に時間もお金を使いません。
困っている人がいれば、どんなに長い時間でも相談にのり、もてなし、持っている財産も省みずにささげます。
以前の僕は、「なんでこんなことするんだろ。」ってむしろ反感を持っていました。
けれども今は、イエスさまの生き方を実際に自分の行いとしている両親に誇りを持っています。


僕も、心から、イエスさまのように、パウロさんのように、そして両親のように生きたいと思います。
自分の人生の中心が「自分」ではなく「人」となり、愛に溢れた者となりたいと望みます。

僕自身には、それを成し遂げる心の広さも、強さもありません。
でも、実際にそれをこの地上でなされたイエスさまにより頼む時、少しずつでもそのように変えられていくのだと信じています。


僕は、順調に行けば2年後には「医師」となります。
最近思うんです。
医師にとって最も必要な要素は、「人を愛すること」だと。
きっと医師になったら、スキルアップとか、給料とか、ステータスとか、色んな「自分中心」の方へと引っ張る誘惑がくると思います。
そんなときでも、「人を愛すること」を忘れずに、医師として、人として歩みたいと思います。

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