Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

はぐるま

こんばんは(^^)


小児科のローテートももう少しで折り返し。

人間関係や業務にも少しずつ慣れて、楽しくなってきた♪
神様、、本当にありがとうございます(T_T)


今日は仕事を終えて、歯医者さんに行って。

血だらけになるまで歯を磨いてもらって(笑)、

そして家に帰って片づけをして。


これから・・・土曜日の研修医同士のレクチャーの準備をする感じです。。


だから、今日は本当に短く、最近気付かされたことをシェアしたいと思います。



いつかの記事で、僕はこんなことを書きました。

「僕は、社会の中で歯車みたいになりたくないんです!!自分の仕事にも目的があるんだってことを握って、一歩ずつ進みたいんです。」




でも、最近そうじゃないんだって思いました。


むしろ、社会の中で、歯車の一つになることこそ、社会人としての生き方なんだって気付いたんです。



社会という場所は、どんなところでも。


僕みたいに医療の現場でも。

サラリーマンでも。

ママさんでも。

どんな仕事でも、誰かとの関係性の中で生きている。



たとえば、ピザ屋さん。

ピザを注文して僕らの手に届くまでを考えてみる。

注文した時、電話を受けてくれる人が必要で。

もちろんピザを作ってくれる人、配達してくれる人が必要で。

彼らを雇い、マネージメントする人が必要で。

チラシを作ったり、新しいピザを考案する人も必要で。

そんなことをまとめる社長さんも必要で。


こんな風に、僕らが受け取るピザ一つをとっても、いろんな人たちの働きが、一つひとつの歯車のようにうまくかみあわさって動く。


そして神様の目からみれば、どの仕事が偉いとか、素晴らしいとかはなく。

それぞれの場所で忠実に働く人を喜んでくださる。



社会に生きるということは、こうして一つの小さな歯車として自分の役割を忠実に果たすことなんだと気付いた。




これは、学生時代との大きな大きな違いだ。


正直大学時代は、ある程度自分のペースで、自分の思う通りに時間を使うことができた。
他の人との兼ね合いや関係性を意識しなくても、生きようと思えば生きることができた。



あんまり書くと親に怒られるけど、朝ものすごくだるいときは一時限目をさぼったこともあった。笑


あまりに走りたくなくて、陸上部で力を抜いて走ってしまったことがあった。




でも、社会ではそうはいかない。

当たり前に、毎日同じ時間に出勤し。

うまくいっていようと、なかろうと、そこには変わらない人間関係がある。


そこに自分の役割を意識し、一つの歯車として生きていくことが社会では求められる。



あたりまえだけど、好きなことだけやって生きてくことはできない。




でも、、もう一つ気付いた!

イエス様は、社会の中で歯車の一つとして生きていく中で、生きる力を与えて下さるということ。


そこに喜びを与え。

社会の中で僕らの心を訓練され。

新しい出会いを与え。

別れを通して心を成長させて下さる。



これは全ての人が召されていることだと思う。


今日はここまで。


よーし、発表の準備頑張ろうっと!

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