Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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働くということ。

こんばんはぁーーー!



ふぅーーーー・・・・・・




お昼過ぎに仕事をいったん終えて、家に帰って、ゆっくりお風呂に入っていました。



今週も忙しかったぁーーーー(T_T)

前半戦は、カンファや残業でバタバタ。

後半戦は脳外科当直や新年会の芸だしでバタバタ。
(あっ、今回の芸だしはそこそこうけた?!←どうでもいい。笑)



そして今夜は、土曜日の当直です。



バタバタバタ・・・・・・
(忙しいことを、「バタバタ」って言い始めた人・・・センスあるな。笑)




今夜は、そんな忙しい日々の中でも、神様が教えてくださった、「働くということ。」についてシェアさせていただきたいと思います。



僕は小さいころから、知らぬ間に、
「働くということは、辛いこと。苦しいことを忍耐すること。」
というイメージがありました。



なんでだろう。



そして実際に働いてみて、楽しいことだけではなく、むしろ辛いこと、苦しいこと、忍耐することが多い気もします。


最近、youtubeで活躍する人たちを取り上げた宣伝でこんな言葉をみました。


「好きなことで生きていく!」


これは、本当に素晴らしいことだと思う。

ただ、一言だけ追加して言いたくなる。笑



当たり前だけど、好きなことだけじゃ生きていけない。

それだけでは生活することはできない。



サルーキ=というクリスチャンバンドの、「生活」という歌の歌詞を思い出す。


何にしたって生活をしていかなければならない。
やりたいことのために、やりたくないこともやる。
全てがやりたいことだけなら、いいのにな。
やりたいことの中にも、やりたくないこともある。





本当にそう思う。

初めてこの歌を聞いた時、ほんとにほんとにそうだ!!って心の中で大声を出した。




ここは、とっても、とっても重要な点だと思う。




ここは、クリスチャンとして、絶対に勘違いしてはいけない点だと思う。




ある人は、クリスチャンになることで、苦労や忍耐から完全に開放されると思っているかもしれない。


だけど、はっきり言う。


そんなこと、あるはずない。笑


むしろ、クリスチャンになって、イエス・キリストに従うときに、きっと苦労や忍耐は増えると思う。

周りの人と全く違う選択をすることで、ある時は後ろ指をさされることだってある。




だとしたら、なんのために僕はクリスチャンであるのだろうか。

あり続けたいと思うのだろうか。




ここには、「苦労」や「忍耐」に対する、まったくの発想の転換が求められる。




そもそも、本当に「苦労」や「忍耐」がないことが幸せなんだろうかと問いたい。



苦労を知らず、生まれてから衣食住何一つ困らず、エスカレーター式に仕事も決まっていった人がいたとして。

人の痛みを知らず、人の涙を知らずに生きたとして。


その人は、どんな人間になるだろう。


間違いなく、世間や人の痛みを知らない孤独なぼっちゃんになるだろう。



そんな中で、僕は声を大にしていいたい。



正直に言って、人は苦労や痛みを知らなければ、変わることができない本当に身勝手な生き物だと思う。



うん。

僕らには、苦労や痛みは必要なんだ。



でも、もっと大切なことは、これらの苦労や痛みをどのように乗り越えるかということ。


ある人は、さっきの繰り返しになるけど、楽な道へ、広い道へと逃げ続けて生きるかもしれない。

でも、逃げたつけは必ず来る。

そして先延ばしにするほど、年を重ねるほどに、そのつけはお大きくなっていく。




ある人は、苦労や痛みを、ほかのもので紛らわそうとするかもしれない。

お酒やタバコ、パチンコ、異性との関係や、食べ物。


しかし、その先は悲しい結果が待っている。

そのことは、うすうす気づいている。でも、そこに避けるほかがない。




だけど、聖書にはこう書いてある。

「訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。」
へブル12:7

「神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」
Ⅰコリント10:13


ここに本当に重要な真理が隠されている。

はっきり書かれてある。



神様が、僕らに試練を与えてくださっていること。

さらに、それは僕らを愛しているから。

僕らがその苦労や痛みを通して、本当に大切なものに気づくことができるように、神様は願い、祈り、期待しておられる。

そして、ただ試練を与えるだけでなく、その試練を乗り越えることができるように、必ず助けの手を差し伸べてくださる。

これは、ほんとのほんとのこと。

この3週間、循環器内科で結構辛かったぁ。

でも、神様は本当にピンチの時にはいつも、上司のドクターや看護しさんなど、助けの手を差し伸べてくださった。







だいぶ遠回りしたけど、今夜のテーマ、「働くということ。」に戻りたい。


いや、ここまで書いたけど、働くということに限らず、生きるということには。


必ず、苦労や痛みは伴う。


それは、避けられない。


いや、むしろ僕らに本当に必要なもの。



大切なことは、その試練を、神様にあって乗り越えること。


逃げてはいけない。


逃げては、本当の幸せを知ることができない。


逃げては、イエス様の似姿には変えられない。


そう思う。




今夜は当直!

今夜も、イエス様とともに。

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