Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

委ねる。

こんばんは(^^)


今日も、こうしてブログを書けること。

そして、このブログを通して、あなたにメッセージを送れることをうれしく思います。


もう何度かお読みの方はお気づきだと思いますが、僕はこのブログが万人うけするようには願っていませんし、そういう文章は書きません。


ほとんどの場合、あて先は同世代のクリスチャンです。


今の日本には、本当に多くの問題がある。


政治、経済、教育、医療、宗教。


僕の小さな頭ではわからないけれど、今まで考えないようにふたをしていた一つひとつの問題が、いよいよふたをあけて考えなければいけない時代に突入していて。



でも、しばらくふたをしていたせいで、手の付けられないような問題もたくさんあると思う。



しかし、僕らクリスチャンは、神様を信じてる。



僕ら人間にできないことでも、神様にはできる。それを本気で信じているのがクリスチャンの僕ら。


今、この国には、本気で神様を信じるクリスチャンが必要。


そして、特に重要なのは、これからの時代を担う次世代のクリスチャンだと思う。


僕は、一人ではこの国でクリスチャンとして生きていく自信はない。



あなたと一緒に、イエス様を信じて、神様を信じて生きていきたい。



だから、今日も書く。



僕らは、もしかしたら一度も会ったことがないかもしれない。


これから会う人もいれば、会わない人もいる。


でも確かなことは、天国で必ず会えるということ。



聖書には、神様のみこころを行う人が、家族だって書いてある。


たとえ会ったことがなくても、神様のみこころを行うあなたは、家族です。






今日は、前回の記事にも関係するけど、「委ねる。」ということについて書く。




「委ねる。」



クリスチャンが本当によく使う言葉だ。



僕はこれまで、委ねるということは、受動的な言葉だと思っていた。


どこか、「神様に委ねる。」ということは、自分は一歩引いて、受け身となり、神様の力にお任せするというイメージだった。





しかし、最近違うんだと気づいた。



神様が求めておられる、「委ねる。」は僕らの能動的で、積極的で、主体的な態度が必要だ。



ちょっと、漠然としてしまうかもだけど。


神様の愛の輪の中に。


神様の光の中に。


とどまる中で初めて使える言葉だと思う。




逆に、「委ねる。」ということばを、自分の欲望や思うままに生きている中使っても、何も委ねていないということ。




神様を信じて、期待して。


そのみことばを本当に大切にして、祈り。


そうして、神様との交わりの中で、愛の中で、光の中で、本当の意味で自分の弱さや無力さを知り、神様にお任せする。



海に道をつくり、山を動かすことだってできる神様を信じて、期待する。



それが委ねるってことだと思った。



だから、これからは僕は「委ねる」っていうことばを、口にするとき、自分の心の状態を確かめようと思う。

ふさわしくないときは、深呼吸して、静まり。

きちんと、イエス様にあって神様の前に出て、悔い改めるべきことを悔い改めて。



そうして、「委ねます!」って言いたい。




今日はここまで。


日本の若いクリスチャンたちが、本気で神様に委ねることができますように。

委ね、従うことができますように。

スポンサーサイト
該当の記事は見つかりませんでした。