Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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私が誇れるもの


私は、本当にプライドが高い人でした。
高慢な人でした。


「なんでこれもできないの?簡単でしょ。」
「俺は、あれもこれもできる。すげぇな。」
ひどいときには、
「神さま、俺に期待してんのかな?」
主に対して、こんな上目線の思いさえ思ったこともありました。


そんな私を見て、
4人の姉妹は口をそろえて言いました。
「みっちとは結婚したくない。プライド高いし、頑固だもん。」
母もいつも言っていました。
「みっちはプライドが高いねー。それが砕かれなかったら、用いられることはないよ。」


そんなに言われても、まだ心の中で、
「これは俺のアイデンテティだから。」
「人になんと言われようと、自分が正しいと思うことをやるし、俺は俺のやり方でいく。」

そう思っていました・・・。


しかし、たくさんの失敗をして、過ちを犯して、
いろんな人を傷つけてきて。
もうどうしようもないところまで落ちて。
もう誰も自分のことなんか、必要としてくれていないと思って。


だけど、神さまは私のことを見捨てなくて。
「それでも、お前を愛しているよ。」
そういってくれて。
「お前は私の愛する子。」
そういってくれて・・・。


こうして私を引き上げてくださったことを覚えるとき、
私は心から悟りました。


私が持っているもので、何一つ誇れるものはない。


私には誇る「資格がない」。


「俺は、あれができて、これもできて、そしてこういう風に生きるんだ♪」
そんな明るく、胸を張ってみんなに自慢できるほど、私は素晴らしい人間じゃない。


そう気付かされました。

私は、見捨てられて良い存在でした。
私は、捨てられて良い存在でした。

こんな私が今生きているだけで、感謝です。恵みです。
ましてや主の証人として生きていけるなんて、これ以上の恵みはありません。


私が唯一誇れるものがあるとしたら、
それは私の罪を赦してくださったイエスさまです。
私を聖め、暗やみから引き上げた、イエス・キリストの十字架です。
イエスさま。あなたに従います。
あなたに心から感謝します。


しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。
 この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。

                                      ガラテヤ6:14

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