Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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心の貧しい人


先週一週間も主に守られ、充実して過ごすことができました。
今日は礼拝。
タイトルは、「幸福なのは、心の貧しい人」
聖書箇所は、マタイ5:1~10でした。

実は、
心の貧しい人は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。
                     マタイ5:3

この箇所は先日行われた、聖研合宿でも顧問の先生が触れられたところでした。
そのときは、ただなんとなくしか考えていなかったこのみことばに、
今日の礼拝を通して、私が今向き合うべきことだと示されました。


貧しい人とは、どのような人でしょうか。
お金がない人、言い換えればお金が必要な人。
まとめて言えば、
「大事なものを手にするために、一生懸命求め、働く必要がある人」
なのかもしれません。

イエス・キリストが言う、
心の貧しい人とはどのような人なのでしょうか。


それは、本当の幸福すなわち天の御国に入り、永遠のいのちを手にするために、
飢え乾き、飽くなき情熱をもって主に従う人なのかもしれません。

同時に、その人は気付いているはずです。
私は神さまのことを何も知らない。主が教えてくださる真理の「し」の字もまだ全然知らない。
そのように、へりくだり、幼子のように神にすがることができる人こそが、
心の貧しい人なのかもしれません。


私は、心の貧しい人となりたいです。
私は本当に幼子のように、へりくだる者となりたいです。
聖書を読むときも、祈るときも、
主を見上げて主が私に教えてくださることに耳を傾け、
主が教えてくださることに感謝し、喜び、
この素晴らしい恵みを証するものとなりたいです。



私は一人では生きることはできません。
主がいてくださらなければ。
主が道を示して下さなければ。
主が明かりを照らしてくださらなければ。

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