Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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この上ない喜び!


私は、欲張りでした。


私は、愚かでした。


昨日の出来事をゆっくり振り返る中で、
一つ分かったことがありました。
それは、私は自分に「自信」があるということです。

自分の力でなんとかやってきたし、
これからもなんとかやっていける。
自分は人に負けない多くのものを持っている。


恥ずかしながら、私はそんな儚い「自信」を持っているのです。


それは、私がこれまでの20年間、
自分で考え、自分で行動して、
それなりに自分の思い通りの結果を出してきた・・・つもりだったからです。
(本当は、それら全てが神の恵みだったのですが)


そのために、いつも私の思考の始まりは、「私がどうするか・・・」
であり、昨日の日記にもあるように、「自己中心」な思いが常に先行して、
神を中心にすることが、なかなかできていませんでした。


しかし、今日の一日を通して、
私は主が与えてくださったもの以外には、
何も持っていないことに気づかされました。



礼拝から帰って、たまたまテレビでやっていた、
「サン・オブ・ザ・ティアーズ」という映画を見ていました。

自分の意志とは関係なく、国で内争が起こり、
罪もない人が傷つけられ、殺されていました。
涙があり、苦しみがあり、絶望がありました。

私が見たのは映画ですが、
これが世界のどこかで、今も行われているのは事実です。


子どもが銃を持つ国。
隣の町の人と殺し合う国。
明日、命があるか分からない国。
そんな国が、「今現在」この地球上にあるのです。


一方で、私がいる日本は平和です。
私は胸を張って、クリスチャンであることを言えます。
武装しなくても、コンビニへジュースを買いに行けます。
明日に大きな不安も持たずに、眠りに着くことができます。

これは・・・、当たり前ではありません。
命があるという事実をも、
ただただ、神の一方的な恵みによるのです・・・。
日々神が私に与えてくださっているものなのです。


ましてや、日々の健康、悩み事は、
全てが神の範疇にあることは紛れもない事実です。


映画を見た後に、車を運転していると、
左折するときに、横からくる自転車に気づかず、
あやうく自転車に乗る女の子と接触しそうになりました。


私がその子に気づくのが一秒でも遅れたら、
ブレーキを踏むのが送れて、車と自転車の距離が数cmでも縮まったら、
接触して、怪我をさせてしまっていたかもしれません。

全ての出来事は、神のうちにあることを、
身を持って私に教えてくださいました。


私が、今生きていること。
今日も一日、何事もなく過ごせたこと。

全てが、文字通り「全て」が神のうちにあり、
神が与えてくださったものなのです。


それだけではありません。
私は、この「日本」という国において、
まことの神を知る、数少ないクリスチャンです。
御子イエス・キリストが私のために十字架にかかり、
私の罪を赦されたという、この上ない福音を知る、数少ないクリスチャンです。
天国への切符を手にした、数少ないクリスチャンです。


これ以上の幸せがあるでしょうか。
これ以上の喜びがあるでしょうか。


ありません!


私がすべきことは、
毎日毎日、一瞬一瞬、
この神をほめたたえ、感謝すること。

神が語りかける声に耳を澄まし、
主が私にお命じになるそのとき、
従順に、忠実に従うことです。


神の栄光がほめたたえられために、生きることです。


ただあなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。
                       ルカ10:20

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