Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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古い自分、新しい自分

昨日は素晴らしい一日でした。
大学が終わってすぐに、教会へ行き聖書の学び。
その後は、大学に戻って聖書研究会。
大好きな聖書にいっぱい触れられた最高の一日でした。


聖書の学びは、実は私のための学びではありません。
彼女の洗礼のための学びです。
だけど毎回毎回、私にとっても素晴らしい学びがあります。
神さまに感謝です。そして、牧師に感謝です。
私は教会が大好きです。


学びの終盤、私は牧師先生に質問しました。
「先生、私は聖書を学べば学ぶほど、祈れば祈るほど、どんどん自分の弱さが見えてきます。追い込まれて、落ち込んでしまいます。どうすればよいのでしょうか。」


先生は微笑み、そして言いました。
「それはクリスチャンが必ず通る道だよ。ローマにも、パウロが同じように悩んでいたことが書かれてあるよ。開いてみよう。」

私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行っているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
                        ローマ7:19-24

私はびっくりしました。
私の心の叫びが、そっくりそのまま聖書に書かれてあったからです。


先生は、続けて語られました。
「クリスチャンの中には、葛藤が生じてきます。十字架の血によって新しくされた自分。その前の古い自分。二人の自分が混在しているから。どうして罪に勝利できないのだろう。古い自分が消えないのだろう。と悩むのです。」


あぁ・・・。まさに今の自分だ・・・。
そう思いました。


でも、先生は言いました。
「大事なことは、その葛藤が終わりではないということです。十字架の血による新しい契約によって、必ず罪に勝利できます。古い自分に勝利できます。最初はすぐに弱さに負けてしまいますが、毎日毎日、一瞬一瞬十字架の贖いを体験していくことによってキリストの豊かさが溢れるようになります。」


私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。
                        ローマ7:25~8:2


私は、内なる罪を知ってもがき苦しむことで終わっていたのかもしれません。
古い自分がどれだけ醜くて、罪深いかを知ることで終わっていたのかもしれません。

でも、キリスト・イエスによって私は罪から解放されています。
十字架の血によって聖められた、新しい自分がいます!
この事実が、一番大事です。


イエス・キリスト、あなたをほめたたえます。
あなたに感謝します。

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