Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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「信仰」って何だろう。

「信仰」って何だろう。
「信じきる」ってどういうことだろう。
今、私の心の中にはそんな疑問があります。


私は、神さまを信じています。
見たことはないけれど、神さまがいるって信じています。
その神さまは、聖書に書かれてある神さまで、地球も人間も何もかもを作ったと信じています。
神さまは、全てを知っていて、不可能はないと信じています。

2010年前に、イエスという人が処女マリアから生まれたと信じています。
イエスという人は神さまの子どもだったと信じています。
イエスという人は生涯を通じて、罪や汚れが一切なかったと信じています。
イエスという人は十字架につけられて死んだけれど、復活したと信じています。
イエスという罪なき人が死に、いけにえとしてささげられたことによって、人間の罪は完全に赦されたことを信じています。


私は、信じています。


これが「信仰」なのでしょうか。
私は本当に、「信じきっている」と言えるのでしょうか。

もし私に信仰があるのならば、私の信仰は強いのでしょうか。弱いのでしょうか。

なぜ、アブラハムは「信仰の父」と呼ばれたのでしょうか。


今まで何気なく使ってきた、「信仰」ということば。
21になって、ようやく「信仰」の真理について考え始めました。


主よ。どうか、私に「信仰」とは何かを教えてください。
「信じきる」とは、どういうことかを教えてください。

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