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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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戦争 ~ナホム書から~

昨日までの2日間、KGKの道東合宿が北見市で行われ、参加してきました。
そこで扱われたのは、ナホム書。
私は今回初めてナホム書を読みました。

今から2700年前の世界。
アッシリヤ帝国の都ニネベ。
ナホム書はこのニネベが陥落、滅亡するという預言書です。
この書には、「預言」と思えぬほど詳細に、その様子が記されています。

その勇士の盾は赤く、
 兵士は緋色の服をまとい、
 戦車は整えられて鉄の火のようだ。
 槍は揺れ、
 戦車は通りを狂い走り、
 広場を駆け巡る。
 その有様はたいまつのようで、
 いなずまのように走り回る。
 貴人たちは呼び出され、
 途上でつまずき倒れる。
 彼らはその城壁へ急ぎ、防柵を設ける。
 町々の門は開かれ、宮殿は消え去る。
 王妃は捕らえられて連れ去られ、
 そのはしためは鳩のような声で嘆き、
 胸を打って悲しむ。
 ニネベは水の流れ出る池のようだ。
 みな逃げ出して、
 「止まれ、立ち止まれ」と言っても、
 だれも振り返りもしない。
 銀を奪え。金を奪え。
 その財宝は限りない。
 あらゆる尊い品々が豊富だ。

            ナホム2:3-9


道東合宿を通じて、このナホム書を何度も何度も読みました。
しかし、どうもしっくりこないのです。
どんなに祈っても、どんなに読んでも、
神が私に、何を示したいかが分からなかったのです。

こんなことを思ってはいけないのだと分かっていますが、
「ナホム書を通しては、今は何も教えられないだろう・・・」
とさえ思ってしまいました。




道東合宿で聖研をしていたちょうどその時、
韓国と北朝鮮とで銃撃戦が行われていたことを知ったのは、
その一日後の今日でした。

友人に、「韓国と北朝鮮やばいらしいよ。」
そう聞いて私は軽い気持ちでパソコンを開きました。


「これが戦争か 突然の砲撃語る」
「北から数十発 死傷者は数十人」
「韓国から攻撃、北朝鮮が主張」
「「何倍でもやり返せ」李大統領」
「韓国軍の兵士1人死亡 3人重体」



たわいもないニュースで埋め尽くされていたmixiのニュース欄が、
一夜にして「戦争」の話題一色になっていました。

その瞬間、私は背筋に言いようもない悪寒を覚えました。
同時に、私の脳裏には「ナホム書」がよぎったのです。


破壊、滅亡、荒廃。
 心はしなえ、ひざは震え、
 すべての腰はわななき、
 だれの顔も青ざめる。

       ナホム2:10


私は授業が終わるとすぐ、一人教室にこもり、
ナホム書のみことばをゆっくりと、
「過去にあった出来事」としてではなく、
「これから起こりうる出来事」として読みました。
すると、瞬く間にみことば全てが私の心に染み渡るのを覚えました。


もしかすると、私が思っているより時間は残されていないのかもしれません。
「まぁ、日本は安全だって」
「戦争とか、うちらが死ぬまでないない!」
そんな悠長なことを言っている場合ではないのかもしれません。
紛れも無い事実は、神が私に「ナホム書」を示したということです。


だからといって、恐れを抱く必要はありません。
私が信じる神は、生けるまことの神だからです。
全ては、神の御手にあり、この神に従うものには何にも変えがたい平安と喜びがあるからです。

焦る必要もありません。
私がすべきことは、今目の前にあることに忠実に向き合うことです。
その日その日主に与えられた労苦を、希望を持ってこなすことです。


私は神を信じています。


主はいつくしみ深く、
 苦難のとりでである。
 主に身を避ける者たちを
 主は知っておられる。

        ナホム1:7

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