Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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私の目の梁

熱は下がり、昼前の授業から、
途中から大学に向かうことができました。

大学に行くと、昨日聖研にいけなかった分、
信仰の友であるM君に最近考えていることについて話しました。
彼は、私にとってかけがえのない存在です。
私にとって目標であり、憧れであり、支えです。


そして、その次の休み時間、ゆっくりと聖書を読む時間を持ちました。
ここ数日は、デボーションテキストのmanaに応じて、
ルカの福音書を読んでいますが、みことばがどんどん心に入ってきます。
私の内にストレートに届きます。

今まで、何も思わなかった一つひとつのたとえ話が、
輝きを持って私に届くのです。


聖書は紛れもなく、神のことばであり真理だと感激しています。


今日のたとえ話は、これです。

あなたは、兄弟の目にあるちりが見えながら、
 どうして自分の目にある梁には気がつかないのですか。
 自分の目にある梁が見えずに、どうして兄弟に、
 『兄弟。あなたの目のちりを取らせてください』
 と言えますか。
 偽善者たち。
 まず自分の目から梁を取りのけなさい。
 そうしてこそ、兄弟の目のちりがはっきり見えて、
 取りのけることができるのです。

                   ルカ6:41-45



このみことばは、私の心に突き刺さります。
自分の梁を見ずに、相手のちりを探す姿が、
まさに私自身だからです。


神さまは語っておられるのだと思います。
環境、状況、周囲の人、
あなたは周りを見渡して問題は外側にあると思っているが、それは違う。
問題は、あなたの内側にあるんだ。
逃げずに、自分の内側と向き合いなさい。
日々、自分の梁を抜き去りなさい。


クリスチャンは、この事実を忘れてしまってはならないと思います。
「自分は罪赦された善人!!」
そう思って、周囲の人たちを裁いてしまっては、
みことばの通り、「偽善者」になるのだと思います。


「まず、自分の内側の弱さと向き合う」
この作業は、痛みをともなうことですし、
サタンは周囲の人の粗探しをするように働きます。
しかし、そんなときこそ、聖霊さまを求めて主にあって、
このみことばを思い出し、自分の内側へと焦点を合わせていくべきだと思います。

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