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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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法律

起きたら昼の12時・・・。
夜更かしするとダメですね。
明日は礼拝、そして司会。今日は早く寝ます。


結局、今はDOUTOR COFFEEで勉強です。
内容は、「医事法」。

実は私が医師を目指すようになったのは高1の終わりで、
それまではずっと弁護士を目指していました。
父はユニークな人で、小学生だった私のために、
「司法試験を受ける君へ」
というような本を買い与えてくれていました。
当然読んでも意味不明でしたが。(笑)


そのせいもあってか、今でも法律にはとても興味があります。
それゆえ今やっている勉強は楽しくて仕方ありません。

でも、「法律」って何なのでしょうか?
(また、このパターンかい!!って感じだと思いますが、お付き合いください。笑)
それで、今の私で考えたことを書き残しておこうと思います。


私が思うに、「法律」とは、
「人間の良心から作り出された、最低限守るべき項目」だと思うのです。


アダムとエバが禁断の実を食べたことによって、
人間には罪が入りました。
悪い思いや考えが入ってきました。
しかし、神さまはクリスチャン、ノンクリスチャン関係なく、
人間に「良心」を残されました。
もし人間に良心が残されていなかったら、今頃私は生きていないでしょう。
皆が己の欲に身を任せ、好きなように振る舞ったら、
人類の文明など一瞬で崩れ去るでしょう。

でも、人間には自分を犠牲にしても相手を気遣う心や、
自分の非を認め、反省する心が与えられています。

逆説的に言えば、今私が無事に生きていることが、
先代に生きてきた方々の良心の表れだということです。


しかし、一言で「良心」と言っても、
十人十色であり、みなの良心の基準は違います。
ある人にとっては気をもみ、咎められた思いになることも、
別の人にとっては全然気にならないことだってありますから。

ただ、良心の最低限のラインはほとのどの人で一致しているのだとも思います。
「人を殺してはいけない。」とか、
「盗んではいけない。」とか、
ほとんどの人が納得、実践できる良心があるということです。
そして、それを実際に、具現化・文書化したものこそが「法律」だと思うのです。


けれども、悲しいかなその「最低限のライン」でさえ、
今まで変化してきたことがわかります。
例えば戦争。
「人を殺してはならない。」
という、今の日本では当たり前の基準も、
戦争という特殊な状況では是認されてきました。
国を挙げて、「人殺し」を承認、応援したのです。
結局、人間が生み出すもの、作り出すもので揺ぎ無いものはないのです。

そのときの、環境、状況、周囲の人たちの影響を受けて、
人間の考えは容易に変化しうるものなのです。


しかし、私は変わらないものを知っています。
昔も、今も、これからも変わらないお方を知っています。
その方こそが、私の信じる神ご自身です。
神は変わりません。
全知全能、創造主なる神なのですから。
人間が自身の力で不変のものを作り出すことはできませんが、
神により頼み、神に基づくとき、その人は不変となるのだと思います。


今日は聖書に書かれてある法律、
不変であられる神が示してくださった「十戒」をこの日記の結びとします。


あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。…
 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。…
 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。…
 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。…
 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。…
 あなたの父と母を敬え。…
 殺してはならない。
 姦淫してはならない。
 盗んではならない。
 あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。…
 すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。

                       出エジプト20:3-17

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