Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いけにえ

こんばんは。主の愛に感謝します!


今日は、2011年最初の聖書研究会でした。最終的に、クリスチャン・ノンクリスチャンを合わせて6名のメンバーが集まり、よき交わりを持つことができました。主に感謝!


旭川ブロックの聖書研究会(以後聖研)は、ちょっと特殊なスタイルをとっています。というのも、他ブロックの聖研では通常、テキストと呼ばれる聖書箇所を理解するための設問のようなものを利用する一方、我がブロックでは一切そのテキストを使わないからです。

私たちのスタイルは、毎回あらかじめ指定しておいた聖書箇所をみんなで読み、その箇所から感じたこと、学んだこと、気になることを自由に話し合います。他ブロックは、通称この旭川ブロックの方法を「フリースタイル」と呼んでいます(笑)


この、フリースタイルの聖研のメリットは、聖書をベースにしつつも皆の考えをストレートに、そして思うままに伝えられるところだと思います。だから、一人のメンバーが発した一言で、話が一気に飛んでいくこともありますし、ある箇所を通してずっと抱えてきた悩みを打ち明けるということもあります。


今日の聖研も、そうでした。聖書箇所はルカ10:38-42、タイトルは「何を大切にして生きるか」でしたが、話は私たちが予想もしなかった方向へと導かれました。


すなわち、

「私たちが一番大切にするのは、神を愛し、恐れることだと思う。」
  ↓
「そもそも、クリスチャンはなぜ、神を第一にするのか?しなければならないのか?」
  ↓
「それは、イエスさまが私たちのために十字架上で苦しみ、死をもって、私たちの罪を赦してくださったから。神さまがまず、私たちを愛してくださったから!」
  ↓
「そもそも、なぜイエス・キリストは十字架にかかって死ななければならなかったのか。」
  ↓
「人間である一方、神の御子であり聖いイエス・キリストが私たちの罪の身代わりとなる必要があったから。今を生きる私たちが、主イエス・キリストを信じ、天国に行けるのは、神の御子であるイエス・キリストが十字架上で死に、よみがえられたから!」
  ↓
「身代わりとして死ぬってどういうこと?人の罪は死をもって償われるべきものなの?」


こうして、私たちの話は、「いけにえ」というキーワードに辿り着いたのです。クリスチャンホームに生まれると、深く考えていなかったこと、理解していなかったことに出会うことがよくあります。そして、その大半は、ノンクリスチャンの方の素朴な疑問の中で示されます。今回もそうでした。


ノンクリスチャンの友人が言った言葉が、私の胸に強く刻まれました。
「人間の罪の赦しっていうのは、子羊の命よりも大事なものなのかな?尊い一つの命より、一人の人間の罪の赦しのほうが大切なのかな?」


これは本当に大切な問いだと思います。旧約聖書の時代は、清く汚れのない子羊の命とひきかえに、神さまとの和解を受けさせていただいていました。神さまにとって、子羊の命も尊い、大切なものだと思います。しかし、その命を犠牲にしてまでも、私たちの罪を贖い、赦そうとしてくださったのです。


ましてや、愛する愛する神の御子であるイエス・キリストを、歴史上最も苦しい「十字架刑」によって死なせ、身代わりとしてくださった神さまの愛は、イエスさまの愛はどれほど大きくて計り知れないものなのでしょう。


考えれば考えるほどに、神の愛の大きさに驚かされます。


私たちクリスチャンが日々罪赦され、新たにされているという事実は、「当たり前」ではありません。神の子羊であるイエス・キリストの尊い命と引き換えに与えられた、この上ない祝福なのですから。



「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16

スポンサーサイト

-3 Comments

おほほ弟子 says..."フリースタイルいいですね。"
神様の導きで聖研!!!いいですね。
テキストにはテキストのよさがあるとは思いますが、人は誰しも自分の考えや気持ちを伝えたい、分ってほしいと思っていると思うので、フリースタイルってすごくいいと思います。2011年の聖研がますます祝福され、多くの方が、それを通して神様と出会うことができますように・・・。
2011.01.14 13:54 | URL | #- [edit]
dai531 says..."No title"
どんなスタイルの学びでも場所でも主の御言葉が、中心になっておられれば・・・ノンクリスチャンもクリスチャンもみんな恵まれますね。
だって・・・聖書は、天からの恵み、神様しか与えられない恵みです、アーメン。

思わぬ所で重荷を下ろせたり・・・何よりも主が、直接触れて下さるかもしれません。

ますます聖霊に満たされて、主の御用、御言葉の御栄えの為に・・・みちさんが、祝福されます様に!
祈っています。

主に栄光!
2011.01.14 20:12 | URL | #- [edit]
みち says..."No title"
>dai531さん

こんにちは!ご訪問&コメントありがとうございます♪

>どんなスタイルの学びでも場所でも主の御言葉が、中心になっておられれば・・・ノンクリスチャンもクリスチャンもみんな恵まれますね。
だって・・・聖書は、天からの恵み、神様しか与えられない恵みです。

アーメンです。大人数の交わりでも、少人数の交わりでも、クリスチャンとの交わりでも、ノンクリスチャンの交わりでも、中心に主がいてくださるならば素晴らしい恵みがあるんですよね!

そのためにも、私自身が日々主を中心にして生きていかなければならないのだと、日々覚えさせられています。


私も、dai531さんが主に大いに用いられ、主の証人として立たれて行くようにお祈りしていますね!


>おほほ弟子さん

こんにちは!ご訪問&コメントありがとうございます♪

>神様の導きで聖研!!!いいですね。
テキストにはテキストのよさがあるとは思いますが、人は誰しも自分の考えや気持ちを伝えたい、分ってほしいと思っていると思うので、フリースタイルってすごくいいと思います。

ありがとうございます!毎回毎回、聖研を主が導いてくださっていることを覚えています。

今年も一年、聖研が主に喜ばれるものとなるように、私も祈ります!
2011.01.15 11:19 | URL | #- [edit]

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://christianstudent.blog27.fc2.com/tb.php/216-c12ebe30
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。