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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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覚悟

こんばんは。

今日から楽しみにしていたドラマ「JIN仁 season2」がスタートしました!

現代の脳外科医が江戸時代にタイムスリップした話!そう聞いてしまうと、しょうもない話だと思いがちですが、実際に見てみると意外と深い。

江戸時代にあるもので点滴やペニシリンを作る摩訶不思議なストーリーや、登場人物一人ひとりの錯綜する人間模様など、気付けばテレビに釘付けになってしまいます(^^;

これからが楽しみです!


一方で、今日から始まったものがもう1つあります。

それは、「受難週」です。
イエス・キリストが十字架にかかられるまでの苦悩と葛藤を覚える、クリスチャンの大切な一週間です。


一見何も共通点もないような2つですが、私はこれらを通して考えさせられたことがありました。

それは、「覚悟」



ドラマの中で、主人公の南方仁は幾度となく決断を迫られてきました。
「この人を見殺しにせねば、歴史が変わってしまうかもしれない!」
「この人を救わなければ、将来の大切な人が生まれないかもしれない。」

彼はそんな中で葛藤し、もがき苦しみながらも、命を救う道を選び取ります。
最終的には、「自分の持ちうる全てで人の命を救う」という譲れない一点を見出すのです。


一方で、イエス・キリストが迫られた決断はそれをはるかに凌ぐものでした。
イエスさまが迫られたもの、それは「人の命を救うために、十字架刑で死ぬこと」だったのです。

なんという恐怖でしょうか。
なんという不安でしょうか。
これこそまさに、「想像を絶する苦悩」ではないでしょうか。

イエスさまは血のような汗を流すほどに、悩まれました。


しかし、最終的にイエスさまは決断されました。
さげすまれ、罵倒され、十字架にかけられる道を。

私たちの罪の身代わりとなる道を。



全然異なる2つですが、両者に共通するのは「覚悟」でした。

人は、時として「覚悟」を決めなければならないときがあります。
逃げ出さないと決めなければならないときがあります。



私の覚悟は、「クリスチャンとして歩み続ける」ということ。
イエス・キリストを、神の御子だと証し続けるということです。


正直、クリスチャンとして生きることはそう容易ではありません。

いつもがいつも優しく受け入れてくれる人ばかりではありませんので、時として馬鹿にされたり、毛嫌いされたりすることだってあります。

また、クリスチャンとしての使命を重荷に感じることだってあります。「もっと好き放題生きたい!」なんて思ってしまうことだってあります。


それでも、私はこの覚悟を止めません。この覚悟を守り続けます。

なぜなら、イエスさまが私の罪のために死なれたからです。私のどうしようもない罪の身代わりとなって、十字架で死なれ、よみがえられたからです。イエスさまのこの上ない愛に触れたからです。



恐怖に根付く覚悟は脆いです。
しかし、愛に根付く覚悟は強いのです。




「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」Ⅰヨハネ4:10

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-2 Comments

yu says..."こんばんは。"
お久しぶりです。ブログ拝見させて頂きました。
覚悟によって、もしかしたら、スタートラインに立てるのかも知れませんね。
だから、覚悟があって、全てが始まるのだと、今日、悟りました。感謝します!
2011.04.18 20:43 | URL | #f4RRH762 [edit]
みち says..."Re: こんばんは。"
yuさん、お久しぶりです!お元気でしたか(^^?
こうやってまた、ブログに来てくださってありがとうございます。
このブログが、少しでもyuさんの助けになったのなら全て主のおかげです!
私も、毎日が決意と覚悟の連続ですが、ただ主を見上げて頑張ります。
2011.04.20 00:05 | URL | #- [edit]

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