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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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「心の闇」

こんにちは!
今日もblogを更新できて、感謝です。


今日は2限で学校が終わり、久しぶりにゆっくり映画を観ました。

現代ミステリーの先駆者、東野圭吾さんの「白夜行」。

監督は、最近では『神様のカルテ』のメガホンをとった深川栄洋さん。

主演は、堀北真希さんと高良健吾さん。どちらも演技派俳優です。


見終わって、言いようもないほど、暗い気持ちになりました。
裏を返せば、原作が「人の闇の本質」に触れているのであり、監督がそれを正確かつ繊細に描写したのであり、俳優が忠実かつ自然に演技したのでしょう。



映画を観終わり、僕はおもむろに聖書を開きました。
毎日1章ずつ読んでいる2サムエル記。今日は18章でした。

最愛の息子、アブシャロムにエルサレムを追われたダビデ。
アブシャロムはいよいよ、王位を取るために父親へ戦いをしかけます。

ダビデも、自らが出陣しようと申し出ますが、家来はそれを引き留めます。
ダビデは了承して留まる代わりに、「決してアブシャロムを殺してはならない。」と命じます。

戦いは激しさを極めますが、ダビデの陣が優勢でした。
そしてその最中、アブシャロムは命を落とします。


結局、ダビデは勝利を納めますが、アブシャロムの死を知ったダビデは嘆き悲しみます。

「わが子アブシャロム。
 わが子よ。
 わが子アブシャロム。
 ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。
 アブシャロム。
 わが子よ。わが子よ。」
-2サムエル記18:33-


ダビデは、命を狙われ、追われながらも、一度だって最愛の息子アブシャロムを憎むことはありませんでした。むしろ、アブシャロムが父を狙うこととなった心の闇に、自分が加担していたことに気付き、その愛を示そうとし続けました。


「白夜行」とこの話。
どちらにも共通してテーマとなっていたのは、「心の闇」でした。

心の闇に、底はありません。

忘れられない過去、妬み、悲しみ、憎しみ。
誰もが心に闇を抱えています。

その闇から抜け出そうと、もしくは忘れようと、人はあらゆることをしてみます。
遊んでみたり、お酒を飲んでみたり、寝てみたり。

それでも、どうしても闇を忘れられません。消し去れません。


僕も、ずっとそうでした。
確かに調子が良いときや、楽しいことが続いているときは、闇が「気にならなく」なることもあります。
でも、本質的には消えなかった。
僕は、その闇にあきらめをつけ、この闇とどう向き合うかさえも考えました。
というのも人によっては、その底なしの闇を、自分の人生の動機とするからです。

でも、それほど悲しいことはありません。


僕は今、その「心の闇」から抜け出しました。
いや、イエス・キリストがその闇から僕を引き上げてくださいました。

僕らの心の闇を消し去るのは、光であるイエス・キリストしかいないのです。
イエス・キリストは、人がその心の闇から離れ、光の中を生きるために十字架に架かられました。

このblogを読んでいるあなたの心に、「心の闇」があるなら、ぜひとも教会の戸を叩いてみてください。そこに、その「心の闇」から抜け出す答えがあります。
教会の戸をたたくのが恥ずかしい方は、コメントしてください。非公開でもかまいません。
僕は弱く、知識もないものですが、あなたが心の闇から抜け出す扉とその鍵を知っています。



イエス・キリストを信じるそのとき、人生は180度変わります。

「だれでもキリストのうちにとどまるなら、その人は新しく造られた者です。
 古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」

-2コリント5:17-


佐々木満ちる

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