Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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粗探し

「粗探し」ということばの意味を知っていますか?
日本語では意味がわかりづらいですが、

英語では、"find fault with people"
といいます。
人の失敗、人の過失を探すという意味です。


自分にも失敗することだってある!
私はそういう風に思って行動しているつもりですが、
家族の、友人の、周囲の人たちの失敗や誤りはすぐ目についてしまいます。
そして心の中で、
「何でこの人はこうなんだろう。」
「こうすればいいのに・・・。」
「この人はこうなるべきだ・・・。」
とさばいてしまいます。


そんなとき、私が思い出すのは、
さばいてはいけません。さばかれないためです。
 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、
 あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。

                        マタイ7:1,2

そしてもう一つ、
義人はいない。ひとりもいない。
ローマ3:10b


父なる神の目からみて、歴史上義人とよべるような人は、
イエス・キリストしかおられません。

もちろん、現在も義人と呼べる人はいないのです。


人の「粗探し」をする私自身も、罪人の一人です。


罪人である私が人を裁く権利など持ち得ないのです。
全ては主が見て、主が裁いてくださるのです。


私がすること、私ができることは、
主を見上げること。
人と比較するのではなく、
主の目にかなう者となること。


わたしの目には、あなたは高価で尊い。
 わたしはあなたを愛している。

              イザヤ43:4


御国でこう語りかけていただけるような人生、毎日を送りたいと思います。

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