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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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伝道

こんばんは!

今この日本に、クリスチャンがどれぐらいいるか?っていうと・・・どうやって数えたかは知らないけど、「0.3%」らしい。

1000人の大学だったら3人ってこと。

ちなみに、うちの大学は700人くらいいて、聖研のメンバーだけでも6人いるから、ちょっと多め?

にしても、この日本社会では少数派、マイノリティーってやつには違いない。

そして若いクリスチャンの半分以上は、クリスチャンホームの子たちな気がする。
だから、こんな広い北海道でも、同世代のクリスチャンは、直接会ったことはないにしろ、名前は聞いたことがある・・・って感じ。

それが日本の若いクリスチャンの実状?(実状というには浅いな…)


単純に、純粋に、どうして日本ではこんなにクリスチャンが少ないんだろう…ってクリスチャンならきっと一回は考えたことがあると思うし、誰かがその理由を挙げてるのを聞いたことがあると思う。

例えば、地下鉄サリン事件とかあって、「宗教」に対して嫌悪感が強い・・・とか?
ホントのとこ、キリスト教とか、イエスさまとか言われても、「宗教」に頼らんでも普通に楽しく生きてけるし・・・とか?
挙げたら、きりないんだと思う。


でも、神さまの目から見たら、きっとそういった理由とか、分析とかはあまり大事じゃなくて・・・

この日本で、俺が、自分自身が、クリスチャンとしてどうやって生きたか?ってことが大事なんだと思う。

したっけ、今までクリスチャンとしてどうやって生きてきたか・・・って振り返ってみると、そりゃひどい。
俺は自分のクリスチャンライフを振り返って、何一つ誇るものがない。

それぐらい、自分はクリスチャンホームに生まれながら、父さんと母さんという尊敬するクリスチャンを背中を見ながら、ずーっと好き勝手生きてた。

神さまとか、イエスさまの十字架とか、ぜんっぜん意識してなかったし、自分勝手に生きてた。

そのくせ(今は何をどう思えばそうなるか分からんけど)、結構自分のこと良いやつだと思ってた。笑
まぁ、そこそこ真面目で、そこそこできて、そこそこ優しくて。みたいな・・・

今思えば、何をゆっとんだお前は・・・って感じです。
(だから、俺は後輩たちに責める権利も、さばく権利もない・・・)


人間関係はどうかって言ったら、それはもう浅い人間関係しかなかった。
何せ、そんなうっすい人間性の一方で、プライドだけ高かったから、普通にコミュニケーションは取れるけど、本当のところで心赦せなかったり、かつその心赦せない自分を正当化したり。

ちっちゃかった。

そんな俺だったから、牧師の父さんに伝道しなさいって言われても、KGKで伝道の大切さを学んでも、結局のところ伝道してなかった。
キリスト教のこと聞かれたら、「あぁ。まぁ●●●って感じかなー」っていう程度。
(あっ、伝道っていうのは、イエスさまのことを伝える!ってこと)


本当に、本当に、情けなくて、心真っ黒な人間だった。


でもー、神さまは俺のこと諦めなかったー。
そんな俺が初めて「やばいーーーー!!!!神さま、本当に生きてる!!!!」って知ったのは、大学二年の春休みだったんだけど、今振り返れば、あの時の俺は神さまに本当に失礼なお祈りをしてた。


「神さま、あなたがもし生きているなら、生きていることを教えてください。」


本当に失礼なお祈りだった。
だけど、神さまはこんなにバカな俺のことを諦めないで、あの日、俺は本当に神さまが今も生きておられて、俺の横におられて、そしてさらに、こんな俺のことを愛してくださってるんだって知った。
(実は、これが三年前のNC)

その日を境に、全部捨てて、イエスさまについていこう!イエスさまのこと伝えよう!って燃えに燃えた。
本当に燃えに燃えて、mixiの日記とかに、かなりの長文の「バイブルメッセージ」かいたりした。
周りには、「最近の満ちるおかしくない?」って言われるほどに。笑
他にも、無理やり妹と聖研やってみたり、クリスチャンの友達にのどからっからになるまでに語ってみたり。笑

俺は、「伝える!」ってことが伝道だと思ってたから、片っ端から伝えようと頑張った。


そんな日々を振り返って見て、そんな日々を後悔するわけじゃないけど、最近つくづく思うことがある。

それは、伝道は「伝える!」ってことだけじゃないってこと。
むしろ、伝道って、「伝わる!」ってことなんだと思う。


イエスさまもそう。

聖書を読んだら、確かに、色んな人たちにイエスさまの素晴らしい知識とか愛とかを語っておられる。
でも、そのイエスさまが語られた言葉と同じくらい、いやきっとそれ以上に、イエスさまご自身の生き方そのものが、周りの人たちの心を捉え、動かし、変えていったんだと思う。


じゃぁ、「伝わる!」ってどういうことすればいいの?って考えたら、きっと、自分の周りの人たちと、普通のことを、普通にすればいいんだと思う。


一緒に飯食って、一緒に笑って、一緒に泣いて。
そんな普通の生活の中で、うちらクリスチャンができるのは祈ること。
「イエスさま、あなたのように生きたいです!自分は欠けだらけど、イエスさまの愛がこの私の欠けから漏れでて、あなたの愛がこの友人たちに伝わりますように!」
それでいいんだと思う。


だって、俺には人の心を捉える力も、動かす力も、変える力はないし。
俺ができるのは、ただ神さまの素晴らしさを、そのままあらわすことだけ。


んー・・・うまく伝えられたか、今日はちょっと自信なさげ。

でも、きっとこのブログも、同じこと。
うまく伝えられてないような気がするこのブログだけど、神さまがふさわしい時に、ふさわしい人に、「伝わる」ように用いて下さると信じてる。
それを信じることもまた、伝道なんだと思う。


それじゃ、おやすみなさいー!

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-4 Comments

さうす says...""
私も、周りの人に神様の話をしたり、教会のイベントに誘ったり、「信じてください!」っていうのが伝道だとずっと思ってました。
でも私に伝道した方はクリスマスのチラシをくれた以外は普段はそういうことをしない方だったので、かなり親しくしていたにもかかわらず出会って3年近くたってからクリスチャンだと知りました。笑
神様の話をしたり、集会に誘ったり、そういうことも大切なのかもしれないけど、たしかに伝道はクリスチャンの普段の姿の中にあるのかもしれないですね。
学ばされます。
2012.10.25 11:01 | URL | #- [edit]
まこ says...""
ね!まこも伝道について語られてた~
しかも内容までほとんど被る。
やぱ兄弟はつながってるんだね!

2012.10.26 19:48 | URL | #- [edit]
佐々木満ちる says..."Re: タイトルなし"
さうすさん
こんばんは!コメントありがとうございます(^^
普通の日常の中で、イエスさまにより頼み、イエスさまを証していきましょうね!
2012.10.29 21:27 | URL | #- [edit]
佐々木満ちる says..."Re: タイトルなし"
まこちゃん
コメントありがと♪
離れていても、イエスさまはどこにいても変わらない!
それぞれが遣わされてるところで、イエスさまのことを証していこうね(^^)/
2012.10.29 21:28 | URL | #- [edit]

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