Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

希望

おはようございます。

今朝も、こうやってブログを更新できること、心から神さまに感謝します。

昨日は旭医聖研があって、帰り道の車の中でしみじみ思ったことがありました。
それは、「希望」の大切さです。


旭川神愛キリスト教会の藤木先生に教えていただいた、ある言葉を思い出しました。

お金を失うことは、少しを失うこと。
名声を失うことは、多くを失うこと。
しかし、希望を失うことは、全てを失うこと。



正直今までは、希望の大切さを考える機会ってあまりなかったように思います。
だけど、今年一年を振り返る時、希望がどれほど大切かを知りました。

希望が必要な時って、幸せな時、うまく行ってる時じゃないと思うんですよね。
むしろ、出口が見えなかったり、自分の思いと違う方向に進んでる時とか、辛く苦しい時だと思います。

僕自身、今年を振り返ってみる時、大きな大きな逆境の時でした。

だけど、神さまにあるみことばを頂いていたんですよね。


わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。
-主の御告げ-
それはわざわいではなくて、
平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
エレミヤ29章11節



でも、本当のこと言うと、
「このみことばがあるから、全然大丈夫!耐えることができる!」
なんて言えるような格好いい感じじゃなくて、みことばを頂いていても、
「神さまなんでですか…」って愚痴を言ってしまったり、
希望なんて、平安なんて見いだせない日々がありました。


だけど、本当に限界になって、
「もう生きてくことさえしんどい…」
って思った時にはいつも、このみことばが僕を支えてくれました。


神さまが優しく、
「満ちるが今体験してるのは、わざわいじゃないよ。
 私はお前のために立てている、計画を知ってるよ。
 それは、お前に、将来と希望を与えるためのものだ。」
って言われてる気がして、なんとか、ここまでやってこれました。


希望の力、それは人がどん底にいる時、辛くて、苦しくて、悲しくて、そんなどうしようもない時にこそ表わされる力なんだと思います。
その力は、力強くて、でも優しくてあたたかくて、人に生きる力、耐える力を与えてくれるものなんだって思います。



今日から、12月。
今月はいよいよ、一年の終わり。
そして同時に、イエスさまの誕生を祝う、クリスマスがあります。


クリスマス、これこそ、僕らにとって本当にかけがえのない「希望」なんだって思います。
イエスさまという、神の御子が、この地上にお生まれになった日。
この世界に、「救い」というかけがえのない希望の扉が開かれた日。


この希望は、全ての人に与えられています。
イエスさまはこの地上にお生まれになった後、十字架に架かって死ぬまで、神さまの言葉に忠実に従われ、そしてよみがえられました。

そのイエス・キリストにあって、僕らにはすでに救いの扉、天国への道が開かれてるんです!
このお方を信じ、受け入れる時、全ての人に全く全く新しいいのち、新しい人生が与えられます。
これこそ、希望の中の希望じゃないでしょうか。



希望。

正直、今の僕じゃ一言で表すことはできません。
だけど、辛く苦しくて、下を向きたくなる時、涙が止まらない時に、その重い顔を天へとあげさせ、涙を優しくぬぐってくれる、そんな力なのかなって思います。


そんな、希望の力を全身全霊で感じて、その希望を与えて下さる神さま、イエスさまに感謝して。

スポンサーサイト

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://christianstudent.blog27.fc2.com/tb.php/456-853d8250
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。