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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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クリスマス

こんにちは♪

そして、メリークリスマス。

クリスマスとはちょっと関係ないけれど、昨日の夕方の北海道のニュースに、僕の大好きなバンドの「ナイトdeライト(通称:ナイライ)」が紹介されていました!すごいっ∑(゜ロ゜ノ)

紹介されてたのは、ナイライの曲の中でも、コンサドーレ札幌という北海道のJリーグサッカーチームのために作られた、「終わらない夢」という曲。(youtubeで見れます↓)
http://www.youtube.com/watch?v=D2X8XStubgU

いやー、もうめっちゃ良い曲。
てか、ナイライが、もうめっちゃ良いバンドなんですよ。

今まで何枚かCDリリースしてるんですが、どの曲も、メロディーはもちろんのこと、歌詞がステキ。
メンバー一人ひとりが、本当に自分の熱いを詩にしているから、心にズドーンと来ます。
そしてどの曲を聞いても、ナイトdeライト、「暗闇に光を」というバンド名の通り、いつも希望のメッセージが込められてるんです。
だから、心塞いでる時、辛い時、苦しい時こそ、ナイライの歌はめちゃくちゃ響くんですよね。

来年も、ナイライの曲がたくさんの人達に届きますように!
何曲かは、youtubeでも視聴できるので、よければ皆さんもチェックしてみてくださいね♪


さて、今日はいよいよクリスマス。
イエスさまのお生まれになった日。

どんなことを書いたらいいかなんて、僕には分からないから(笑)、祈りつつこのブログを書かせていただきます。
イエスさま、どうか助けてください。


昨日、クリスマスイブの夜は、通っている旭川神愛キリスト教会で過ごしました。
そして、帰り道、クリスマスの意味を思い巡らしつつ、自分自身の過去のことを振り返っていました。

僕は、僕に起こったこと、神さまが僕に与えてくださったことの中でしか、言葉にすることはできません。
だから、僕自身に起こった「クリスマスの奇跡」について、書かせていただきたいと思います。


何度か書いてきましたが、僕は七人兄弟の長男として、北見という北海道の小さな町の牧師の家庭に生まれました。
僕は小さい頃から、本当にずるがしこい子でした。笑
大人には好かれるようにしつつ、めんどくさいことは避け、人間関係もどこか斜めに見てるなんとも嫌味な少年でした。
そして、そのまま成長し、中学、高校に入りました。
気付けば、学校の自分、家の自分は全然違っていて、時に精神的にハチャメチャになるほどでした。

それでも、僕は自分自身に対して、確固たる自信、プライドがありました。
自分はできる。人とは違う。俺が思い描く道を歩む時、必ず思う通りになる。そう思っていました。

今思えば、根拠のない自信、プライドでしたが、当時はそれを確信し、握って歩いていました。

そんな僕でしたから、人間関係は常に自己中心なものでした。
両親も、兄弟も、友人も、僕は常に自分の身勝手な尺度で測るような男でした。

結果として、僕は色々なものを失い、傷つけてしまいました。
感情もそうです。
僕の心はいつも理性ばかりに支配されていました。自分の論理の中に落としこめるまでは納得しませんでした。
人間関係もそうです。
僕は何でもはなせる、ありのままで接せられる親友がほしいと思っていましたが、いつもプライドが邪魔をしていました。
何より、自分自身がそうでした。
僕は自分自身を傷つけ、ついには失っていました。すなわち、自分がどのような性格なのか、今どういう感情なのか、そんな当たり前に分かるようなことさえ、分からなくなっていたのです。


僕の心は、暗闇で支配されていました。



その真っ暗な心に、ある日、光が灯ったのです。
それは、イエス・キリストという光でした。

天の父なる神が、こんな僕のために、2000年前に救い主イエス・キリストを遣わされ、そして十字架の贖いによって、はるか先に生まれた僕の心に光を灯してくださったことをあの日、心から知ったのです。

僕は最初、その事実が、あまりに大きすぎて、言葉を失うほどでした。

しかし、時が経てば経つほどに、その光は明るさを増し、僕の心至るところを照らし始めました。
今まで見えていなかった大切なもの。傷つけた人達、傷つけた自分の心。
そして、その光は、愛と赦しに満ちていて、それら一つひとつを癒して下さいました。
さらには、その光は希望でした。その事実を知った日から今まで、僕はイエス・キリストという光を頼りに、平安と喜びを持って生きてきたのです。


これらのことを思う時、クリスマスというのは12月25日のことを指すのではなく、一人ひとりの暗闇に満ちた心に、イエス・キリストという光が灯るその「時」を言うのかもしれません。

その「時」は、一度きりのものではありません。
僕らの心が何度暗闇でいっぱいになりそうになったとしても、父なる神さまは、この光を何度でも灯して下さいます。
さらに、その「時」は、永遠に続くものです。
僕らのこの身体は、いつか死を迎えます。けれども僕らの魂に灯ったこの光は、永遠に、この身体が滅んだそのあともずっと、僕らとともにいて下さるのです。


あなたの心にも、天の父なる神さまは、この光を灯そうとしておられます。
そのために、僕らは何をすべきか?
いいえ、何もする必要はないのです。
ただ、静まり、求め、待ち望むだけ。
そのとき、確かにイエス・キリストという光が灯ることを知るのです。


天の父なる神さま、あなたのその大きな愛に心から感謝します。
イエスさま、あなたが2000年前にお生まれになったこと、それは本当に素晴らしい奇跡です!
その奇跡を、今を生きる僕が知っていることを、心から感謝します。
どうか、一人でも多くの人が、この奇跡を知ることができますように。


イエスさま、誕生日おめでとうございます!!


2012年12月25日

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