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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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こんばんは♪

今夜も、このようにして、ブログを更新できること、神さまに感謝します。
このブログを通して、ただ神さまの栄光が、表されますように。


今夜は、久しぶりに、21時から23時まで、じっくりドラマを見ました。
こんなにじっくりテレビを見たのも久しぶりだし、何より日本のドラマを見たのが久しぶり!

21時から見たのは、今日から始まった「おトメさん」っていうテレ朝のドラマで、黒木瞳演じる姑と相武紗季演じる嫁が繰り広げる、嫁姑戦争のお話・・・

そして、22時から見たのは、「最高の離婚」っていうフジのドラマで、瑛太演じる「変人」を取り巻く男女の不思議なお話・・・


「ドラマは、その時の世相を現す」って言うものですが、この二つのドラマに共通してたのは・・・

悲しいかな・・・

「ダメ男」でした。笑


「おトメさん」では、浮気を繰り返す夫と、なかなか自立(経済的かつ精神的に)できない息子とが。
「最高の離婚」では、空気を読めないクセにプライドだけが高い男と、とりあえずチャラい+あまり深く考えてない男とが。

そんなダメ男たちと、それを取り巻く女性たち。
そんな構図が描かれていたように思います。

うーん・・・。これが今の日本の現状なのかねー?と、一緒に見ていた妹に言うと、一言。

「結構男子にはあきらめてる女子、多いよー。」

そーかぁ。そんな感じなのかぁ。
兄であり、男である自分は、なんだか肩身が狭い思いがしました。笑


そういえば、色んな分析が得意なこの妹に、あるときこんな質問をしました。
「ねぇ、なんで日本の女の子は、こんなにも韓国ドラマにはまるわけ?男の俺としては、全然はまる要素が分からないんだけど。」

すると妹。
「あのねぇ、日本の若い女の子たちは、男の子たちに対して諦めの気持ちを持ってる人が多いのょ。一方で、隣の韓国では、『ライバルがいても、なんとしてもこの子をゲットする!』とか、『俺が絶対お前を守る。』とか、そんな少女マンガみたいな世界が広がってるのよ!さらに、韓国の俳優イケメンなのよ!」

は、はぁ・・・。。
兄はタジタジでした。笑

確かに、韓国と全く同じ脚本で日本ドラマをやったとしても、きっと日本の女性の皆様は、
「日本で、んなことありえない!」
と一蹴し、視聴率は一桁になってしまうんでしょうね。。

ウラを返せば、やっぱりこの二つのドラマ、「ダメ男」たちが主人公のこのドラマの舞台が、今の日本の一般的な世界だということですねー。


なんか、人事みたいに言ってますが、僕もこの日本の男の一人。
そして、自分の心に問い正してみるとき、自分の過去を振り返るとき、確かにそんな「ダメ男」な所があることを認めなければなりません。
ふぅ・・・

だから僕は、ここで、「日本男児よ、こうしろ!」なんていう気はさらさらありませんし、資格もありません。

そうではなくて、こんな僕だからこそ、日本の男性の皆様と共に、「自分はどういう男か」、「本来、男とはどういう存在であるべきか」、「男がとるべき真のリーダーシップとは何か」ということを、一緒に考えていけたらと思うのです。

「ジェンダーフリー」っていう言葉がありますが、僕はもちろん、神さまにあって、男と女、どちらが上で、どちらが下とか、そんなことはありえないと思っています。
一方で、神さまにあって、確かに、「男としてすべきこと」、「女としてすべきこと」。
また、夫として、妻として。
父として、母として。
「男」と「女」で、それぞれなすべきことや、あるべき姿に違いはあるのだと思います。


それでは、「男がとるべき真のリーダーシップ」とは何なのでしょう。

先日の礼拝メッセージの中で、牧師はこうおっしゃっていました。


ヨハネ10章4節
彼(羊飼い)は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立っていきます。
すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。


このみことばを読むとき、ある人は『先頭に立っていく』という言葉を勘違いしてしまいます。
自分が妻を、そしてその群れを、コントロールし引っ張っていくのだと思ってしまうのです。
しかし、ここで、羊飼いが先頭を歩くのは、彼が目立ちたいからでも、コントロールしたいからでもなく、自分の命を犠牲にしてでも、その群れを守るためだということが分かります。
羊飼いは、狼や熊が来たとき、それらと命がけで戦い、場合によっては身を捨てます。
同じように、男性は、また夫は、自分の命以上に、妻を、ゆだねられた群れを愛することが求められるのです。
また、羊飼いは羊からの信頼があり、そして生い茂る安全な場所へと導くのでなければ、羊たちがついてくることのないように、男性も、自らが模範となる歩みをし、神さまのみことばの導きにって歩むのでなければ、妻も、その群れの人々もついてくることはありません。




この言葉を聞いたとき、心から感動すると同時に、僕自身が「男」であること、いつか「夫」となることに対する、責任を感じるようになりました。

神さまが、僕ら人間をつくられたその時、アダムとエバが罪を犯すその前、「男」は、「夫」は、このように真のリーダーシップを持っていました。
しかし、罪が入り、僕らはそれらを見失い、自分の欲望を第一にしたり、自分自身を中心したりすることで、リーダーシップはゆがめられてきました。

けれども、イエスさまはそんな世界の中で、真のリーダーシップを表してくださいました。
イエスさまの生き方こそ、全ての男性にとっての模範です。
イエスさまの足跡こそ、僕ら男性が真に見つめ、求めるべきものです。


僕も、まだまだ「ダメ男」の一面が見え隠れするこの心ですが、イエスさまの十字架によって日々きよめられ、新しくされ、イエスさまの足跡を歩んでいく者でありたいと思います。
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