Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

こんばんは!


今夜も、こうしてブログを通してお会いできること、嬉しく思います。
このブログを通して、ただ神さまの栄光がほめたたえられますように。


僕は、2013年のみことばとして、Ⅰコリント13章4~7節を選ばせていただきました。

 愛は寛容であり、愛は親切です。
 また人をねたみません。
 愛は自慢せず、高慢になりません。
 礼儀に反することをせず、
 自分の利益を求めず、
 怒らず、
 人のした悪を思わず、
 不正を喜ばずに真理を喜びます。

 すべてをがまんし、
 すべてを信じ、
 すべてを期待し、
 すべてを耐え忍びます。


そして、ふとした時に、このみことばの結びである、

「愛は、すべてを耐え忍びます。」

という言葉が思い出されます。



振り返れば、僕はずっと、忍耐することが苦手な男でした。

待ち合わせしてた時間になっても、その人が現れないと、すぐにイライラしたり。
おなかが減ったら、すぐにでも食べたいので、マックやコンビニに行ってしまいます。(←情けない!笑)
ネットや雑誌を見ていて、「これ欲しい!」と思ったら、衝動的に買ってしまうこともしばしば。


そして、このような日常的なことだけに限らず、僕の23年間の人生そのものが、
「忍耐はしたくない!すぐ結果を!」
というエゴで貫かれていたように思います。


でも、「愛する」ということは、「忍耐する」ことなんですよね。

自分中心に考えることではなく。
自分の尺度で推し量ることではなく。
自分の歩幅に無理やり合させることではなく。


愛は、相手の考えていること、思っていることを、本当に大切にする。
たとえ、自分のすべきことが「正しい」ことだったとしても、それをその人が「今」求めていないのならば、愛はしません。

また愛は、相手が心に持っている「尺度」を心から知りたいと思う。
だからこそ、まずは相手の言葉を聞きたいと思う。相手は今何を考え、何を望み、どのような葛藤があるのか。それを知った時初めて、相手に伝えるべき言葉や、なすべきことが見えてくるはず。

そして、愛は相手の歩幅を本当に大切にする。
たとえ、自分が急いでいたとしても、その先にある素晴らしいものを知っていたとしても、愛は無理やり引っ張ったりしない。相手の歩幅に、自分の歩幅を合わせ、いつも隣で支える。


全ての中心が、自分自身ではなく、相手。

相手のために、耐え、待ち、合わせる。


でも、決して間違えてはいけないのは、それは決して「あつかましい」ものではないってこと。
愛は、絶対に「俺は待ってやってんだよ!」とか、そんな姿勢は出さない。

愛は、大きな心と、優しさとに包まれている。


このことを教えてくれたのは、ほかならぬイエスさま!
イエスさまは、本当に大きな愛で、僕を愛してくれた。そして、今もずっと愛してくれている!

僕を思い、僕のために耐え、僕を待ち、僕のこの小さな歩幅に合わせてくれる。


こうして、イエスさまにめちゃくちゃ愛されてるからこそ、僕はイエスさまを愛したいって思える。
そして、同じ愛で人を、愛したいって思える!


愛は、言葉じゃなくて、行い。
だから、僕は本当に自分の生活の中で、愛を実践していきたいって思う。
イエスさまにあって、愛で満ち溢れるものへと変えていただきたいと願う。



最後に、KGK主事の大嶋さんが教えてくれた素敵な言葉。

「愛することの報酬は愛されることじゃないよ。もっと愛せるようになること。」


本当にそう思う!愛に生きるその日々の中で、もっと、もっと人を愛せる者へとイエスさまにあって変えていただきたい。

スポンサーサイト

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://christianstudent.blog27.fc2.com/tb.php/489-84815d56
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。