Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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ピリオド

こんばんは♪

今日は、午前中のんびーり過ごして、お昼過ぎのバスに乗って実家の北見へ。

ふぅーーー。。。

やっぱり実家は落ち着く。
父さんや母さんの元気そうな顔見ると安心するし、気心の知れた姉弟との時間はリラックスさせてくれる。

怒濤の春休み前半戦が終わって、これから五日間はゆっくり「消化」する時間を取りたいなって思います。
語られたみことば、出会った人たち、彼らとの会話、そして与えられた色んな体験。

それら一つ一つを、焦らず、ゆっくり思い巡らしていきたいと思います。


そして、初日の今日から早速僕の心にとって大きな大きな変化がありました。

それは、タイトルの通り、一つの「ピリオド」って感じですかね?


正直、ここ半年、本当にしんどい日々が続いていました。
意識したら余計しんどくなるから、あんまり気付かないふりしてたけど、やっぱ辛かった。

不思議なのが、体って嘘つけなくて、かなり白髪も増えたかもー(T_T)
(でも、人に言われる恥ずかしいから「遺伝なんだよねー」ってごまかしてたけど。笑)


でも、そんな日々が、
村上春樹著「ノルウェイの森」的に言うなら「哀しみを哀しみ抜いた日々」が、
僕自身にとっては本当に大切な日々だったのだと思います。


ただただ、「哀しみ抜けて」良かったって思う。
この哀しみを、安易に他の何かにぶつけたり、昇華したりしないで、哀しみ抜けたことは、ただただ神さまの御力です。

神さまが、本当にしんどいときはいつも、助け手を送ってくださったから。
信友のK。僕のとりとめのない話を、何度も聞いてくれた。
そして、教会の兄弟姉妹。
みんなみんな、僕のことを心配してくれて、心から祈り続けてくれた。

そして、「耐えられない試練は与えられない」ってみことばの通り、僕が耐えることができるように、様々なきめ細やかな配慮をして下さいました。

すべては、神さまのおかげです。


そんな長かった日々に、僕はやっと今日、「ピリオド」を打つことができました。
その理由とか、詳細とかは書くことはできないけれど、小さな一歩を踏み出すことができました。

長かった。
辛かった。
だけど、これで良かった。
今、そう思えることは、ただただ感謝です。



前にも書いたけど、僕をずっと支えてくれたみことばがありました。

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。
-主の御告げ-
それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

エレミヤ29:11


本当に辛くて限界だって感じたときは、いつもこのみことばを開きました。
そして、「あなたがた」ってところを、「満ちる」に置き換えて、神さまが約束して下さったことばを信じ、祈りました。

そして、神さまはその祈りを聞いて下さり、この約束を少しずつ僕の身の周りで実現してくださっていることを感じています。

不可能だと思っていた人間関係の修復がありました。
想像もしていなかった出会いがありました。
予想もしていなかった将来が見え始めました。
そして、僕が耐えられるように、「希望」を与え続けてくださいました。


僕は、「哀しみ抜いた日々」に一つのピリオドを打ちました。
もちろん、人の心はそんなに簡単じゃない。
だけど、この決意は小さなものではありません。
僕はいよいよ「希望」という一点だけを見つめ、歩み直します。

この僕が生きる動機は、イエスさまの愛であり。
この僕が生きる目的は、ただ神さまの栄光が表されることです。

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