Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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父さん

おはようございます♪

昨日の朝一番のバスに乗って、旭川に戻ってきました。

戻ってくるやいなや、幼なじみの家族が旭川にやってきました。
「家族」と書いてる通り、同い年のTには素敵なお嫁さんと可愛いキッズが!!

そいつがめちゃんこ可愛くて、僕が頑張って作ったオムライスをおいしそうに食べる、食べる、食べる。
結局お母さんに作ったオムライスの3分の1くらい食べてくれましたw

あれだけ食べてくれたら、作ったほうも嬉しいなー

そして食欲は収まらず、パチパチ拍手しながらデザートのプリンもぺろりと食べて帰りました。
やっぱり子どもは可愛いですね♪

神さまが、帯広に住む幼なじみ家族を祝福してくださいますように。


話しはちょっと戻って、北見滞在4日目夜。
今回の帰省の最終夜。

父さんから大事な話があると言われ、夕食後二人になりました。

父さんと祈った後、春休みについて聞かれました。
そして、僕の順序立ってない話を、静かに、そして笑顔で聞いてくれました。

その後、二人で聖書を開きつつ、日本や世界の現状、僕がこれからクリスチャンとして生きていく上で持つべき覚悟などを、話して下さいました。

三時間近くあった時間も、あっという間に過ぎ去ったと感じてしまうほどに、僕らはイエス・キリストにあって互いに一つとなりました。

そして、最後に互いに祈った時、父の祈る姿を見て、心から僕は思いました。

「本当に、父さんの子どもとして生れて良かった」と。



振り返れば、北見で過ごした18年間の中で、大切な局面の時にはいつも、父さんの存在がありました。


僕の父さんは、非常に個性的で、情熱的で、信仰的で、そして何より愛に満ち溢れた人です。
父さんは人一倍、神さまに対して熱い思いを抱き、七人の子育てに関しても熱すぎるくらいの情熱を持っていました。

今でこそ違いますが、僕が物心つくまでの父さんは、野球でいう「変化球」は一切投げない人でした。

常に「直球」「ストレート」。
しかも、常に「本気」。

子どもの僕らに対しても、父さんは絶対に手を抜きません。
徹底的に、その愛と情熱で真っ向勝負です。

具体的に言えば、ある年の大晦日。
父さんは祈りの中で子ども達と向き合う事を示されたのか、朝9時から夕方の18時まで、ほとんど間髪を入れずに子ども達と向き合いました。
当時小学校に通っていたのが僕の一つ下の妹ぐらいまでだった気がするので、平均一人2時間半の個人面談が行われました・・・
学校の先生も顔負け。笑

そして一年間の歩み、犯してしまった罪、父さんに隠していたこと、父さんは徹底的に向き合いました。笑

面談部屋から出てきた兄弟が、疲れ切った顔で、「覚悟したほうがいいよ。」と言ってくれたことを覚えています・・・笑


今思えば、そんな父さんの思いはいつもただ一つでした。
僕ら子ども達みんなが、イエス・キリストという救い主に出会うことでした。
イエスさまに出会い、罪赦され、神さまの御名のもとにこの世界で生きていくこと、証していくこと、それだけが父の願いでした。



そんな父さんとの思い出の中で、僕が最も大切にしているものがあります。
前にも書いたことがあるかもしれませんが、高校一年の冬の、とある3日間でした。

きっかけはとても些細なことでした。
しかし、そのときは珍しく僕も食い下がり、話し合いが続きました。

そして、何と言ったかまでは覚えていませんが、僕は父さんに対して、本当にひどい事を言いました。
あの瞬間のことを今でも覚えています。

その時ばかりは、父さんは言葉を失い、僕は急に恐くなって部屋を出て行きました。

その日の夜から、3日間、父さんは僕と口を利いてくれませんでした。
2日目の朝ごはん、隣に座ってご飯を箸で口まで運びつつ、横目に父さんを見ました。
父さんは一切、僕の方を見ることなく、黙々とご飯を食べ、新聞を読みました。

あの時、僕は想像を絶する悲しみで心がいっぱいになりました。
その時は、なぜそんな思いでいっぱいになったのかは分かりませんでした。

でも今思えば、父さんが僕に注いでくれた大きな大きな愛が、僕から離れていってしまったのだと感じたからでした。


なぜ、あの3日間を僕は大切にしているか、それはあの体験を通して、父さんの、そして神さまの愛を知るきっかけとなっているからです。




NC2013の3日目の朝、講師の朝岡先生がこう質問しました。
「イエスさまが十字架に架かられた時の痛みはなんだったのでしょうか?」

僕は静かにその言葉を思い巡らしつつ、続けて語られる言葉に耳を澄ましました。
「手に打ち込まれた太い釘でしょうか?脇腹に刺された鋭い刃でしょうか?確かにそれもとても痛かったでしょう。しかし、イエス・キリストの一番の痛みは、悲しみは、苦しみは、父なる神から見捨てられることでした。この世界の始めから共にいた愛なる神に、あの瞬間、イエスさまは見捨てられました。」


僕はその言葉を聞いて、息を飲みました。

イエスさまが、十字架の上で言われた言葉を思い出しました。


三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。
これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

マタイ27:46



イエスさまが十字架上で体験された、「父なる神に見捨てられる」という想像を絶する痛み、悲しみ、苦しみが僕の心に迫ってきました。
それほどの思いをされても、成し遂げられた十字架。

なぜか。
それは、父なる神さまは、それほどまでに僕ら人間を愛しているからです。
御子を見捨てなければならないという悲しみを、父なる神さまご自身が耐え忍ばれました。
父から見捨てられなければならないという悲しみを、御子イエスご自身が耐え忍ばれました。

僕らすべての人々が、罪赦され、天国に行くことができるため、なされた御業だったのです。



僕が父さんと口を利けなくなったこと、それは僕の自業自得であり、決してこれと重ねているわけではありません。
しかし、神さまの恵み、あわれみの中で、僕のあの体験は、どれほど天の父なる神さまが、イエスさまが僕を愛し、僕ら人間を愛しておられるかを知る基となっているのです。



僕も23歳になり、幼なじみには結婚し、子どもを授かっている人もいます。
御心なら、僕もきっと、そう遠くない未来に、「父さん」になる日がやってきます。

こんなに素晴らしい父さんの子として生れて、そしてこれほどまでに素晴らしい父なる神と、子なるキリスト知っているものとして、僕は生れくる子に、溢れるほどの愛を注ぎたいと思います。


今日は珍しく写真!
(昨日幼なじみと久しぶりにアルバムを開いたらいいのがありました・・・w)
IMG_20130323_091132.jpg
父さんと僕
ちなみに今の父さんは、ひげがもじゃもじゃ。


おまけ!
IMG_20130323_091237.jpg
僕が幼稚園?の時。
札幌のおばさんの家に泊まりにいくと自分で言っておいて、夜中に眠れなくて北見の家に電話し、結局深夜に両親が札幌に車で来てもらった某泣き虫少年。
未だに佐々木家の逸話として語り継がれている。
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