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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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「愛してる」の勘違い

こんばんは。。

この記事を書くに当たって、今夜はいつにもまして緊張してます。。
正直・・・ことばにするのが難しいし、苦しいから。

だけど、祈りつつ書き始めます。。
もし、この記事を書くことが御心じゃないなら、神さま僕の手を止めてくださいって祈りつつ。


僕には、去年まで、お付き合いしてた人がいました。

とっても謙虚で、素直で、素敵な人でした。
その人とお別れして、とっても辛くて、苦しい日々がありました。


それまでの日々を振り返り、色んなことを考え、悔い改めました。

その中で、僕が旭川でお父さんのように慕っているある兄弟に言われたことがありました。

「お前は、本当の意味でその子を愛してたか?」


グサって刺さりました。
正直、こんな辛くて苦しい時期に、なんてこと言うんだよ!って思いました。。

だけど、その言葉がずっとずっと忘れられなくて、ずっとずっと引っかかっていました。


ぶっちゃけ、「愛してる」ってなんだよ!ってずっと思ってました。
言葉にしようと頑張って考えて、やってはみるものの、なんか影を追ってる感じ。


でも、少なくとも僕が今まで使ってた、思ってた、「愛してる」が、神さまが僕に使ってくださる、思ってくださってることとは違ってたんだってことはちょっとずつ分かってきました。。


僕の「愛してる」は突き詰めて言えば、自己中だった。。
自分の思う通りに引っ張ったり、急がせたり、そして傷つけてしまったり。


でも、神さまが注いでくださってるのは、むしろ逆で・・・
とことん待ってくださるし、とことん僕という存在を大切に思ってくださるし、とことん僕の幸せを祈り願ってくださる。


俺はこれまでずっと、「愛してる」の勘違いをしてたんだなーって思わされてます。。

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-3 Comments

たかあき says...""
どもども陸部のたかです。

愛とは何か、様々な定義があるでしょうし、難しいことは自分には分かりませんが、簡単に言うと、「自分の存在以上に相手の存在を大切に思う」というのが、わかりやすい定義のひとつかもしれませんね。

読んで思ったことが2点あって、1つは、ヒトは神様にはなれないのだから、たどり着けない、究極的な理想として、神様が与えてくれる愛を目指すのはいいのかもしれませんね。ヒトはどこまでいっても自分が好きで、自己中心的な存在であって、神様のようには振舞えないのではないでしょうか。

2つ目は、親が与えてくれる愛は、子の生誕と同時にそこに産まれる血縁という関係性になりたつ愛であって、はじめからある程度できている愛だと思うのですが、伴侶となる人への愛は、はっきりいえばゼロ(赤の他人)からのスタートであって、二人の間での愛と呼べるほどの関係性ができるには、互いに相手のことを考え、時間をついやし、言葉通りの「思いやり」を注ぎあう、絶え間ない努力の積み重ねが必要なんだと自分は思ってますよ。愛は未完成であり、二人の努力で創りあげるものだと思ってます。
2013.08.19 23:23 | URL | #awEUW5xo [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013.08.20 00:05 | | # [edit]
満ちる says..."Re: タイトルなし"
たか、コメントありがとう!
めちゃくちゃ嬉しかった♪
そして、めちゃくちゃ励まされた(^^)/

「自分の存在以上に相手の存在を大切に思う」
本当にそう思う。
そして、それを自分がどれだけできていないかを思わされてるよ。

さらには、僕らは神さまじゃなくて、それができない存在だってこと。
そして、愛は未完成で、二人でつくりあげてくものだってこと。
本当にそう思う!

これからも、「愛する」って何かを真剣に問い続けていきたいと思ってる♪

本当に、コメントありがとう(^^)
2013.08.22 21:06 | URL | #- [edit]

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