Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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血液のような人

おはようございます。


明日からはいよいよ仕事が始まります。


今日まで、部屋の片づけや職場の荷物整理など、有意義な時間を過ごすことができました。
何より久しぶりに時間に追われず聖書を読むことができたことが一番の喜びでした。


同じ箇所でも、読むその時その時で心に留まることが違うとき、やはり聖書が神様の言葉なのだと実感します。

精錬されたダイヤモンドのように、どの角度から見てもみことばは美しい。



今日の内容は、ややクリスチャン向けのような気もします。

それでも、クリスチャンの僕が何を考えているかを知っていただけたらと思います。


僕は今、この日本に神様が大きな力を働かせてくださっていることを感じています。

政治や経済。

色々な問題がこの国を覆っているからこそ、それだけ「真理」は光を放ちます。

僕は、この時代に生かされていることを本当に感謝しています。



この時代の中で、イエス様に先に救われた一人ひとりは皆、自分が与えられている「使命」を知る必要があると思います。


聖書の中で神様に用いられた人は皆、自分自身の使命を神様から受け取り、それに忠実でした。


今デボーションでは、バプテスマのヨハネの箇所を読んでいますが、彼もまたその一人です。

彼は、自分のことをこう言いました。

「私は、預言者イザヤが言ったように『主の道をまっすぐにせよ』と荒野で叫んでいる者の声です。」
ヨハネの福音書1章23節

彼は、自分が何のために生まれたのかを、神様のみことばによって受け止めていました。



パウロも聖書の中で言っています。

「一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きをしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。」
ローマ人への手紙12章4,5節


当たり前ですが、心臓は肝臓の働きはできません。

同じように、肝臓も心臓の働きはできません。

いや、心臓は肝臓の働きをする必要がないのです。

心臓は、心臓の働きを忠実に果たしてこそ、一つの体に健康をもたらします。いのちを長らえさせます。



ここは重要な点だと思います。

僕らは気付かぬうちに、自分と人を比較し、自分にないものを求めます。

しかし、あるものはある。

ないものはないのです。

とてもシンプルです。


僕らは神様から与えられているものを大切にし、一人ひとりが自分の使命を見出し、それを忠実に果たすことを神様は求めておられます。



そのような中で、神様は僕に何を求めておられるのだろう、何を使命として与えておられるのだとうと祈り求めていました。





僕は、あるみことばを握って、この大阪の地まで来ました。

「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。・・・こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」
ルカの福音書5章4,10節


このみことばを何度も何度も心の中で繰り返しました。

その中で、単にこのことばは自分が大阪に来た意味を言っているのではなく、自分の生涯の中で大切にすべき神様のことばなのだと感じるようになりました。




当たり前ですが、たくさんの魚をとるには、網が必要です。

大間のまぐろのように一本釣りをすることもできますが、神様は人を救うとき多くの人とのかかわりの中でイエス様へと導くことを喜ばれるように思います。


それでは網が網として成り立つためには、何が必要か。

それは、その点と点をつなぎ合わせるものが必要です。



パウロの話に戻すなら、心臓と肝臓をつなぐ、血管が必要です。

血管は神様の道です。

神様がつなぎ合わせた、想像を超える道です。



しかしそのつながれた血管という道を通り、心臓と肝臓をつなぐ存在が必要です。



それが、血液です。



僕は、このような使命が与えられているように思えてならないのです。



日本には、本当に素晴らしいクリスチャンがたくさんいます。

尊敬すべき何人ものクリスチャンに会ってきました。



また、日本には、本当に素晴らしい教会がたくさんあります。

まだ一部しか知りませんが、それぞれの教会で秀でたところがあります。



クリスチャン一人ひとりが、教会の一つひとつが、イエス・キリストという一人の人によってつなぎ合わされていくとき、この日本は大きくて丈夫な一つの網となり多くの人たちをイエス様のもとへと救い上げることができるのだと思っています。



私は、その網に、その血液になりたいのです。


血液に求められることは、たくさんの栄養と酸素を蓄えることです。

そしてそれらを惜しみなく、それぞれの臓器に分け与えることです。

また、こだわらないことです。

心臓ばっかりに貯留していたら、体は動きません。

全ての臓器にへりくだり、仕える心が必要です。


私自身が、そしていずれ私の妻になる人に求められているのは、そのような働きだと思っています。



これからの日本のクリスチャン、教会にとって一つの鍵は次のみことばだと思います。

「兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。」
ローマ人への手紙12章10節


必ずクリスチャン、教会は一つになれます。

なぜか。

答えはシンプルです。

イエス様はお一人だからです。

福音は一つだからです。



見方やアプローチこそ違うかもしれませんが、全てのクリスチャンに求められていることは一つです。


日本に、神様の国がなおいっそう広がりますように。

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