Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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染み渡る。

こんばんは(^^)

二日連続の更新、本当に感謝。

ERも今週で3週目。
新しい環境で、やっぱり少し疲れが溜まってきているのか、今日も仕事が終わるとぐったりだった。

淀川キリスト教病院の4階には、大きな大きなチャーチと、小さめのチャペルがあるんだけど、僕は小さめなチャペルが好きで。
そこで、仕事終わりに静まりの時間を持つことがある。


今夜も一人でチャペルに行った。



が、、、すぐ寝落ちした。笑



なんか、あそこは落ち着くんだよな。

神様という存在こそ、僕にとってはそういう方。

本当に落ち着く。心にすっと平和がやってくる。

「こここそ、僕がいるべき場所なんだ。」

本当にそう思う。




その後は、マクドナルドで勉強したり、信仰書を読んだり。


本当に、一人の時間も大切だ。

正確には、神様との一対一の時間が大切だ。




最近思う。

クリスチャンとして生きていく中で、イエス様の似姿へ変えられていくとは、どういうことなんだろうと。

ヨハネの福音書の1章にはこんな言葉がある。

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」
ヨハネの福音書1章14節


これは、イエス様の生誕を表しているみことば。


だけど、これは僕らイエス様を信じる人たちの心にも起こっていることなんだと思う。


イエス様によって救われた僕らの心に、イエス様が語った言葉が、歩んだ軌跡が、示された愛が、聖書を通してしみわっていく。

そして、神様から離れていた僕らの心は、イエス様の思いへと少しずつ、少しずつ近づいていく。

イエス様の「ことば」が、僕らのうちで「人」となっていくんだと思う。



実際に、神様に「愛する子」と声をかけていただいた2010年3月11日の朝5時半から、僕の心には少しずつだけど確かにイエス様の愛の言葉が染み渡ってきた。


僕はもともと、とんでもないプライドの持ち主で。

人を馬鹿にしてばかりいた。

また、ずるがしことばかりを考え、常に楽をしようとしてきた。

そして自己中心で、人の幸せなど顧みようともしなかった。


そんな僕だったが、あれからもう少しで5年の歳月となり、内側から少しずつみことばが染み渡り、イエス様のいのちが溢れてきているのを感じる。


イエス様のいのちを感じる。



そして、それはこれからも日々なされる奇蹟で、それこそ毎日の喜びなんだ。




昔よく、父さんや母さんを見て思った。

「俺には、絶対こんな生き方はできない。」



でも、きっと小さいころの父さんと母さんも、今の自分たちの一歩一歩を見てそう思っただろう。

シンプルに、父さんと母さんの内側にイエス様が生きていて、イエス様に一歩ずつ従ってきたということなんだと思う。



僕も、イエス様に従いたい。

もっともっと、イエス様が僕の内側に染み渡って欲しいと願う。

染み渡り、溢れて、僕を通して神様の御心がなされますように。

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