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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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洞窟生活

こんばんはー(^^)


大阪・・・暑いですよーー(T_T)


昨年の大阪一年目は、ずっと内科をローテートして、ずっと院内にいたから、外の暑さに触れることがなかったけど。

二年目になり、院外のクリニックの訪問などをしていると、本当に肌で感じる。



暑い!!!



実際に、脱水症状となる方も増えておられるそうです。

皆さんも、十分お気を付けください。




さてさて、本題に。



実は、僕はここ最近、結構長い「洞窟生活」に入っていました。


洞窟生活っていうのは、さっき思いついた言葉なんですが、僕はこれまで年に何回かこの生活に入ります。


どういうことかっていうと、何か問題があった時に、一人で抱え込んで、悩んで、くらーーーい洞窟に入ってしまうんです。

一度入ってしまったら、僕はなかなか出てこれない。

てか、これまでも自力で出てきたことがない・・・笑

たいてい、神さまが「満ちるいい加減出てきなさーーい!!!」って声かけてくれて、やっと抜け出せる。



なんで、そんな暗くて、しんどそうな「洞窟生活」に定期的に入るかっていうと。



単純に、これまでの僕にとって、問題を解決するための最強?(笑)の方法だったから。


その問題に対して、自分の心と体をすり減らしてでも、向き合い、向き合い、向き合う。

「あきらめたらそこで試合終了です。」というスラムダンクの安西先生の言葉を胸に、僕はこれまで何度も「問題」と戦ってきた。


実際に、この洞窟生活を通して、己の弱さや無力さを知ったりして、とっても大切なことを学ばせてもらってきた。




でも。




今回で、俺はもう洞窟生活に固執されるのをやめようと思う!!




今回の洞窟生活に入った僕を見た、仲の良い同期にはこう言われた。


「みっちー・・・一人で抱え込んでるとき、本当に近づけないよ・・・。周りを寄せ付けないオーラがでまくってる。」




それに、以前クリスチャンの後輩にはこんなことを言われた。


「満ちるさんのそのストイックなところ・・・すごいと思いますけど、クリスチャンってそんなにしんどいものなんですか?僕には無理です・・・」





うん。


人にそう思わせる生き方って、、絶対に不健全だ!!笑




どうしてそこまで僕は洞窟生活に固執していたかと考えるとき、ある意味それが一つのプライドだったんだと気づく。

「俺は向き合ってきた!」

「俺はあきらめずに問題と対峙しているんだ」

っていう、よくわからんプライドと情熱が、僕を洞窟生活に駆り立てていた。





そんな中で、神様は僕にあるみことばをプレゼントしてくれた。

「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」
Ⅰペテロ5章7節



正直、このみことばが神さまから語られたときは、もう思い煩いの限界で、うるってきた・・・

心にすっごいしみた・・・・



同時に、「ゆだねる」ってどういうことなんだろうって考えた。


そしたら、僕はもう何も考えなくていいのか?


僕は何も考えずに、感じるままに生きればいいのか?



それも違うって思った。



まずは、認めろ!!ってこと。


僕が、本気で向き合ったって、わからないことだってある。

だって、僕は神さまじゃないもん!!


それに、僕が向き合ったところで、僕はまた失敗をするってこと。そんな簡単にうまくはいかないってこと。

でも、神様は神様を信じる者には、それがたとえ失敗であっても、神様の計画を成し遂げるために用いてくださるってこと。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」
ローマ8章28節





そして、僕はもう一つのすてきなことに気付いた(^^)

これも、「真理は二つの中心をもった楕円である。」って言葉にリンクしてるってこと♪



ここに、二つのみことばを並べる。


「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」
ローマ12章2節
(あーーーー大好きなみことば・・・笑)


「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」
ピリピ4章6-7節
(これも、本当にほっこりする大切なみことば)


どちらも、確かに聖書に書かれてある真理。

でも、僕はこれまで、どちらかというと前者のようなストイックな考えが中心だった気がした。


ヤコブが、神さまと格闘して、「祝福してくださるまで放しません!!!」ってつかみ続けて、最後に股関節をはずされたように。

本気で、ストイックに、神様に向かって全速力で走っていけば、向き合っていけばいい!!ってシンプルに考えてた。




でも、それと同時に、僕らは「ゆだねる」ということも同じように大切なことなんだと知った。

自分の小ささを知り、無力さを知り、失敗を繰り返してしまう自分を認め。

それでも愛し、用いてくださる神様に、リラーーーーーーックスしてゆだねること。


それは、神さまを心から信頼していないとできないことで。

神さまはゆだねる心を本当に喜んでくださる。




どちらかが大切なんじゃなくて、どちらも本当に大切なんだって今回のことで学んだ。



もう洞窟生活は終わり!!!


一人で抱え込まず、神様の光の中で、自分と向き合い、そしてゆだねていきます(^^)♪

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