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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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労苦

こんばんは。

夜分、遅くに失礼します。

前の投稿は8月23日、更新が2か月も空いてしまいました。

僕は、元気です!
と言いたいところですが、そうでもありません。

身体的にも、精神的にも、霊的にも、ヘトヘトな状態であることは2か月前とあまり変わりはありません。

ただ、そのヘトヘトの中にいるからこそ、本当に大切なものに気付かされているのも事実です。


イエス様の教えは本当に不思議です。

「心の貧しい者は幸いです。」

「悲しむ者は幸いです。」


イエス様は、貧しさ、悲しみを、「幸せなことだ」と表現されました。
それは、昔も今も、この世界の価値観とは全く反対のこと。

それがどういうことか、聖書を通してイエス様の人生を知るとき、少しずつ分かります。
イエス様は、お金持ちやこの世界の権力者よりも、貧しい人や人に嫌われる仕事をしている人、病や弱さゆえに苦しんでいる人のもとへ行かれました。

なぜなら、彼らが生きる上で最も必要なものを求めていたからでした。

イエス様には、目に見えたお金や権力はありませんでした。
でも、目には見えない、人にとって一番必要なものを持っておられました。


僕自身、ヘトヘトな日々でこそ、心からイエス様を慕い求めることができます。

ヘトヘトな日々の中に、人よりも自分が優っていると思う高慢な心や、自分中心の心はありません。


ただただ、イエス様の助けが必要だと感じるのです。


今日、妻が素敵なみことばを教えてくれました。

「私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。」
コロサイ1章29節


イエス様により変えられた使徒パウロの言葉です。

パウロは、キリストを信じることによって、労苦から解き放たれるとは言いませんでした。

そうではなく、自分のうちに力強くイエス様の力が働く中で、労苦し、奮闘することができるのだと言いました。


僕らにはいつも労苦があります。

それは、イエス様を信じ救われたからといって。変わることはありません。

しかし、イエス様に救われた今は、労苦はイエス様に近づく最高のチャンスです。

労苦により、自分の貧しさ、悲しみ、苦しみ、弱さを感じれば感じるほど。
僕はイエス様を求めることができる。


そして、イエス様は僕のうちに働き、目には見えない大切なものを育んでくださいます。


今、読んでくださっている方の中で、労苦の中にいる方がおられましたら、一緒にイエス様を見上げていきましょう。

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