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いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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四十日四十夜

こんばんは。


久しぶりの更新。


最近、ようやっと、、

回復してきたかなー・・・?


でも、この間外来の看護師さんには、

「佐々木先生!表情が明らかに元気ないよ!!」

先輩ドクターにも、

「明らか疲れてるねー!」

とストレートに言われたので(笑)、

まだ全回復はしていないですね。



今日は、おやすみで、

朝10時ぐらいまで爆睡。


起きて、お昼をどうしようかな?と思っていたら、

同じMB教団石橋キリスト教会で、

僕の家族より、少し年上のご家族がランチに誘ってくれました。


妻と子供は里帰りで北海道なので、

五人家族のH家と僕の6人。


ふらふらの僕を見つけて、

H家の女の子と男の子が走り寄ってきてくれました。


ふたりとも足にくっつくからなかなか歩けないけど、

なんか癒された。笑


こどもってやっぱり良い。笑





最近はまってるアニメがあるんです。

NHKで23時ごろに放映している、

「三月のライオン」


僕はあまりアニメに詳しくはないんですが、

たまたまテレビを付けた時に見始めて、

今でははまって毎週録画しています。


アニメだけど・・・
(アニメだけどっていう言い方自体がダメなのかも)

とっても奥が深くて、

描写が面白い。



その主人公は、

へなへなの草食系男子のプロ棋士なんですが、

彼もよく休みはふらふらしていて、

近所の家に、ご飯を食べに行って、癒されて。

なんか・・・ちょっと僕と重なります。笑
(ここまで書いて思いましたが、はい、どうでもいいですね。笑)




でも、疲れてるだけじゃないんですよ。


僕、今、

これまでのしんどかった数週間や、

今のこの状況を、

感謝できてるんです。




正直、うすうす気づいていました。

妻が12月に里帰りで帰る日、

教会のちょっと年上の人が、

「いってらっしゃい!みっちは任せて!この間に鍛えるから!」

と言われ、



ギ・・・・ギクッ・・・・・・Σ(゚Д゚;)



ってなりました。


というのも、僕自身も、妻が里帰りしてからの数カ月は、

神様が僕に直接的に介入してくださるためのものんだなって・・・・

うすうす気づいていたもので。。。



そして、実際に、


いや、思ってた以上に、なかなかしんどい日々でした。



身体も。


心も。


霊も。



「イエス様の荒野での四十日四十夜の断食後の悪魔の試み」


「エリヤの荒野での四十日四十夜のテクテクトボトボの旅」



本当にあの二つみたいに、

僕にとって、ここ最近の四十日四十夜はしんどかったー・・・




でも、

この日々を通して、

天のお父さんは、


僕との距離を、ぐうぅっっっと!!!!

縮めてくださった(^^)



僕が今までないがしろにしてたことや、

気付いていなかったこと、


ひとつひとつ、

天のお父さんは丁寧に光を当ててくださり、

僕の全生活の中で、

神様を求め、聖霊と共に生きるように訓練してくださった。



ほんっっっとに、この日々があって、良かった。
(いや、まだ終わってないんだけど・・・笑)



話は大分変りますが、

今日、アカデミー賞で何個も賞を取った、

「ララランド」っていう映画を見てきました。



うーん・・・


めちゃくちゃ前評判良かったので期待度がかなり高かったのと、


ひとつ前に見た、

「沈黙」っていう映画が

あまりに重すぎたのもあって、、


うーん、、、

思った以上に軽い感じがしてしまいました。


イメージでは、「ザ・アメリカンドリーム!これぞハリウッド!!」的な感じで、

夢を追いかけて、チャンスをつかめ!!的な感じ・・・
(「的な感じ」、ばっかり。笑)



でも、クリスチャンとしては、その生き方には同意できないし、

あまり魅力を感じないなー。

その人生を貫いて、、果たして幸せなのかな・・・




ちょうど、今朝読んだデボーションの箇所は、反対のことを言っていた。


「努力して狭い門から入りなさい。

なぜなら、あなたがたに言いますが、

入ろうとしても、

入れなくなる人が多いのですから。」


ルカ13:24





僕も、イエス様を知らなかったときは、

自分の夢を描き、

自分の思いや願いのままに生きていた。



でも、イエス様に出会ってから、

「この人についていこう。」って決めた。



イエス様についてくってことは、

本当にこのみことばの通りで、

狭い門をイエス様と一緒に選び取っていく感じ。



人は弱いから、

気づけば広い門へ、自分の思い描く方へ、楽な方へ、進んでいってしまう。



でも、イエス様のように、

自分がしたいことではなくて、

天のお父さんが、用意しておられる狭い門に向けて、

自分自身を打ち叩き、従わせることが、

クリスチャンには求められている。



もちろん、神様が一緒にいてくださることで、

本物の自由がある。


でも、何もかも楽ってわけじゃないよ。


むしろ、苦しいし、険しい道だよ。

クリスチャンっていう道は。



でも、それでも狭い門を選びとっていきたいと思うのは、

そう思わせるくらい、


イエス様という人の愛が大きいから。



十字架を通して与えられた救いと、

復活を通して与えられた聖霊と歩む人生は、

この世界のどんなものにも代えられないほど、素晴らしいから。



以前、クリスチャンの後輩に、

「満ちるさんを見ていると、クリスチャンの人生ってそんなに厳しいものなのかな・・・って思うんです。」

って言われたことばが心に残ってる。



うん・・・

やっぱり・・・


厳しい道だと思うなー。笑

楽とは言えんぞ。笑


だけど、ここに本物の愛が、本物の自由があるんだもん。

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