Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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心の脆さ

私はまだ自立していない弱いものです。
その中でも、私には大きな弱点があります。
それは一言で表すと、
「自分のイメージが崩れることからの怒りと諦め」
です。

私がまだ幼稚園児だった頃、
母は私にこういいました。
「今日、家に帰ったらプリンがあるからね。
 楽しみにしておくんだよ。」
私はプリンが大好きでした。

そして、幼稚園から帰ってきて、
母は約束通りプリンを皿にあけてスプーンを刺しました。
すると私は号泣して母に怒りをぶつけました。

なぜ私は号泣したのか。
そのときのことを私は今も覚えています。
母がプリンをスプーンに刺すという行為は、
私のイメージに、「あっていなかった」のです。
今だから笑い話にできますが、
そのときは本気で母に怒っていました。


その良くない意味での「こだわり」が、
私を今も束縛していることに改めて気付きます。

例えば、妹とご飯を食べにいく約束をしていて、
妹が何らかの用事があってなかなか来ないとき、
私の頭の中には、
「19時にご飯を食べて、
 20時には家に帰ってあのテレビ番組を見る。」
というイメージがあると、私は妹に対して異常に怒ります。

そして今の例を言えば、
テストが間近に迫っている中で、
自分の予定どおりに勉強が進まないと(←自分が怠惰なだけですが)、
私は一気に諦めモードに入ってしまいます・・・。
そして自暴自棄に近い思いになってしまいます。

この、
「自分のイメージが崩れることからの怒りと諦め」
という私の性質は決して主に喜ばれるものではありません。

主に従うとき、
必ずしも自分が描いていた通りにならないことだってあるでしょう。
むしろ主は私のこのような性質を砕くために、
敢えて私のイメージとは異なる方法を用いられるかもしれません。

その中で、寛容な心を持つこと。
そして主に忠実に従い、勤勉であること。
この2つが求められていると思います。

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