Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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私に今求められているもの

私は、本当に弱いです。
私は、本当に自立していません。
私には、砕かれていない性質がまだまだたくさんあります。


その中でも私が今一番危惧しているのは、
あらゆる仕事を持つ一方で、
自分が責任を持って一つ一つの仕事を
こなすことができるかということです。


正直、非常に不安だし、全くやり切れる自信がありません。
そのためには、毎日毎日自分の仕事を把握して、
忠実かつ地道に向き合わなければならないことは分かっています。


でも、そこで問題なのが私の「自暴自棄」な性質なのです。(2日前にも書きましたね)

物事が自分のイメージの通りに進んでいる場合は、
公私共に霊的に満たされて活き活きと生活することができます。
でも、何らかの事由もしくは
私の怠惰な性質から自分の思い通りにことが進まないとき、
私は非常に自暴自棄、言い方を変えれば無責任になってしまいます・・・。

今までを振り返ってみると、
私のキャパシティーを超えていると自分で気付いていたときは、
何かを「好い加減」に、犠牲にしていたか、
もしくはきっぱり捨てていました。


しかし、
今回は今までと違いどの仕事も犠牲にできないような非常に重要な仕事であり、
負担が大きくかつ私が意図的に引き受けた仕事と言うよりも
主が私に導いたとしか思えない仕事ばかりなのです。

「主よ、あなたは私にこれだけ多くの仕事を与え、
 私にどうしろというのですか。
 私はできません。私には・・・できません。」

そう思ってしまいます・・・。


そんな私に示されたのは、
神がモーセにイスラエル人を率いるように
モーセを諭したときの、神とモーセのやり取りでした。


モーセは主に申し上げた。
『ああ主よ。私はことばの人ではありません。
 以前からそうでしたし、
 あなたがしもべに語られてからもそうです。
 私は口が重く、舌が思いのです。』

 主は彼に仰せられた。
 『だれが人に口をつけたのか。
  だれがおしにしたり、
  耳しいにしたり、
  あるいは、目をあけたり、
  盲目にしたりするのか。
  それはこのわたし、主ではないか。
  さあ行け。わたしがあなたの口とともにあって、
  あなたの言うべきことを教えよう。』

               出エジプト記4:10-12

このみことばが私の心にズシンと来ました・・・。
神が私に対して語っておられるように思いました・・・。
誰が人に口をつけたのか、
誰が人に目をつけたのか、
誰が人に考えや心を持たせたのか、
誰が人に生きる目的を与えたのか。
それは全て全知全能である主なのですよね。


ポジティブに言えば、私も大分砕かれてきたような気がします。
今までなら、
「こんなに仕事任せられて、自分は信頼されてるんだな!」
とか、
「自分がすごいからだな!」
とおごり高ぶっていたと思います。

しかし、自分の弱さに気付き、自分の弱さを見つめる中で、
自信を失っている部分があります。
だからこそ砕かれて全てを主にゆだねることが求められているのかもしれません。

【主に対する全幅の信頼】

それこそが、私に今求められているのかもしれません。

私が弱いときにこそ、私は強いからです。
               Ⅱコリント12:10b

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