Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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自分の十字架を背負う人

明日は・・・、というか今日は礼拝。
本来ならば早く寝床に入り、
ぐっすり眠って備えるべきなのですが、
どうしても、今書かなければならないことなのです。


さきほど、あるクリスチャンの方のブログを読んでいました。
彼は私のことを知らないと思いますが、
私は何度かその方のことを見たことがありました。
彼は全てを主にささげており、
喜びに満ち満ちて、与えられた目的を模索し果たしておられます。
それが傍から見ても分かるのです。


そんな彼のブログを見ていると、
ふと夏期学校で、講師の宣教師の方が言われたことを思い出しました。


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あなたがた学生は、
若いからといって甘えることなく、
自分の十字架を背負う人となりなさい。
自分の十字架を背負う人とは、自我を十字架にはりつける人、
自分の思いや夢、心も体も、家族も友人も何もかも主に「明け渡す」人です。
それは何も特別なことではなく、この生き方が「ノーマル」なのです。

だれでもわたしについて来たいと思うなら、
 自分を捨て、自分の十字架を負い、
 そしてわたしについて来なさい。
 いのちを救おうと思う者はそれを失い、
 わたしのためにいのちを失う者は、
 それを見いだすのです。

         マタイ16:24,25

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アーメン。



私はどうも、自分の目の前でいっぱいいっぱいになってしまい、
私が主につくられたものであること、
私がこの人生の中心なのではなく、主が中心であることを、
忘れがちになってしまいます。

主に従う彼の生き方と、
宣教師の先生のことば、
どちらも私を奮い立たせて下さいました。


主よ。
偉大なる王であられるあなたを慕い求めることができる、
今このときを心から感謝します。
主よ。
私はあなたのしもべです。
私は私のもちうる全てをあなたにささげます。
どうか私が常にあなたと共に過ごし、
あなたを思い巡らす中で証人として堅く立つことができますように。
あなたの御名をほめたたえます。

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