Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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いばらの中で

礼拝メッセージは、
ルカの福音書8:4-15「種蒔きのたとえ」からでした。

4つのパターンがある中で、
私が「自分だ・・・」と感じたのは、
いばらの中に落ちた種でした。

また、別の種はいばらの真中に落ちた。
 ところが、いばらもいっしょに生え出て、
 それを押しふさいでしまった。・・・
 いばらの中に落ちるとは、
 こういう人たちのことです。
 みことばを聞きはしたが、とかくしているうちに、
 この世の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて、
 実が熟するまでにならないのです。

             ルカ8:7,14



私は20年間いばらの中で生活してきました。
いばらから抜き出ることなく、うずくまって生きてきました。
「人からの評価で怯える自分」
「周囲との比較で自分の価値を決める心」
「自分の利益を求める行動」
「誘惑に抵抗せず、身を任せる生活」

そのような生活を送っていた私だからわかります。
いばらの中にとどまっていては、実がなることはありえません。


実がなるために、実を熟させるためには、
みことばという栄養を日々蓄え、
祈りによって主に光を注いでいただかなければなりません。
そのような人生は本当に喜びと平安に満ちた、
素晴らしいものです。


また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。・・・
 良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。
 正しい、良い心でみことばを聞くと、
 それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。

                     ルカ8:8,15

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