Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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触れる。

こんばんは、

今日は1日元気がなかったー

きっと、心と体が疲れてるのもあると思うんだけど。

ほんとに元気がでなくて、陸上で言うと400mの最後の100mみたい。

生き絶え絶えで、一歩一歩おぼつかない足取りで過ごした。


俺は決めてる。

元気のないときに、無理に元気にならないって。


だけど、仕事終わって一人過ごす中で。

ある聖書の箇所が心にとまった。


全部書くと長いから書かないけど、

ずっと病気だった女の人が、

すごい人たちの中にいたイエスに、

手をうーーーーんと伸ばして指先で触れた。

イエスに少しでも触れることができたなら、

絶対に癒されるって信じたから。

そして、本当に女の人は病気から癒された。身も心も自由になった。

イエスは、そんな人ごみの中でも、

誰かが自分に触れたこと。

誰かが自分を信じたことを感じとった。

そして、人ごみの中から女の人を見つけ出し、優しく、

「あなたが信じたから、あなたは癒された。安心して帰りなさい。」

って語られた。

きっと、めっちゃくちゃ優しい笑顔だったんだろうなぁ。


イエスに触れる。

この女の人は、自分の手でイエスに触れた。

右手か左手かわからないけど、どっちかの手の指先でイエスの着ている衣に触れた。

その時癒された。


今を生きる僕ら。

僕らも、イエスに触れることができる。

イエスは目に見えない。

けど、確かに今生きてる。

目を閉じて。

心を静めて。

イエスの命を感じる。

イエスが今ここに生きていることを心で感じる。

そして俺は、心の手を伸ばす。

心の手をうーーーーんと伸ばす時。

この世のものでは感じることができないほど、あたたかくて、優しい、イエスのいのちを感じる。


そして俺は癒されて、笑顔になって、生きる。



俺の心を本当の意味で癒すことができるのは、イエスだけ。

そう思う。


これから布団に入る。

目を閉じる。

俺はイエスのいのちに触れつつ、寝る。

おやすみなさい。

心にも四季

こんばんは(^^)

今日は短く。



この間、大切な信友と電話していたときにこんなことを聞かれました。

「みっちの今の心は、四季でいうと何??」


その時は「春!!」って答えましたが、今思うととっても不思議な質問で、そしてとっても素敵な質問だと思います。




正直、僕今へとへとです((+_+))笑

新しいこと尽くしの中で、心も体もへとへとで。
今日も帰り道に同期から、「満ちる君、生気がなくなってるよ?!」って。笑



家に入って思った。
「はぁーーーもっと元気出せばよかったかなぁ」って。


でも、そんな時にさっきの「みっちの心の四季は何?」っていう質問を思い出しました。


そうかぁ・・・もしかしてこれでいいのかも・・・僕は思いました。笑


春みたいに、なんだか分からんけど楽しくて笑顔になるときもあって。

夏みたいに、活発に動けて、噛まずにぺちゃくちゃしゃべれて楽しいときもあって。

秋みたいに、なんだか一人でぼーっと物思いにふけりたいときもあって。

そして冬みたいに、気持ちふさぎこんで「はぁーーー」ってなる今みたいなときもあって。



四つの季節があるから、人生って面白いのかも。

言い方変えたら、神様は自然と同じように人間にも四つの季節を創ってくださったんだと思いました。


そしたらちょっと楽になった(*^^*)


きっとこれは、一日単位でもそうだし。一か月単位でもそうだし。そして数年単位でも言えると思う。


皆さんはどんな季節ですか?


春の人!夏は近いですよー!笑
でも、ちゃんと神様は秋も冬も用意してくださいます。


今冬の人!!あと少しで春ですよーん。
もしかして明日はきっと笑顔になること楽しいことがいっぱいかも(^o^)



そしたらおやすみなさーいZzz

うっつー

こんばんは!

実は。。

久しぶりにぐぐぐっと心が疲れてて、うつっぽくなってます。。

ブログに書こうか迷ったけど・・・こんな弱さも含めて僕だから、書こう!って思いました。

天の父なる神さま、この弱さも用いて下さい。
このブログが、辛い人、苦しんでいる人の力に少しでもなりますように。



カテゴリの「うつ」ってやつを開いてみたら、最後に書いたのは2011年1月でした。

それから一回もうつっぽくなってないって言ったらウソになるので・・・弱さを認めたくなくてか、単純に元気なくて書けなくてなのか理由は分からないけど、ずっと書いてませんでした。


正直言って、やっぱ自分の弱さをさらけだすっていうのは恥ずかしいし、辛いです。
できることなら、強い自分、輝いてる自分を見せたいって思っちゃいます。。

でも、僕は、このブログにありのままの自分を書くって決めました。
元気いっぱいの日も、落ち込んでうつっぽい日も。
うまくいった日も、失敗してしまった日も。
それら全てを用いて下さる神さまを信じて、書かせていただきます。



今回はなんでこんなにぐぐぐっと心が疲れたのかは、正直よく分かりません。
ただ、6年生の実習も終わり、色んなイベントもある中で、気付かないうちに無理しちゃってたのかも(T_T)

僕は、正直言って不器用です。
心のエネルギーをバランスよく使うっていうことができません。笑

どんなに疲れてても、「ここで燃えねば!!」(←どういう状況?!笑)って思った時は、後先考えずに心のエネルギーをがんがん使っちゃいます。
そしていよいよエネルギーがカラッカラになって、「や・・・やばい。何もできない・・・」といううつっぽい状態に陥っていくのであります。笑


さっきから、「心のエネルギー」って言ってますけど、なんか本当にそう思うんですよね。
いっぱい運動したら、筋肉痛になってしばらく運動できないように。
心も、いっぱい使ったら、エネルギー使っちゃって、しばらく安静にしてないとエネルギー復活しないんだと思うんですよ。


昨日も、本当は大学の友達とやってる勉強会の日だったんですけど、全然力が入らなくて、申し訳ないけど今日はごめんなさいって連絡して、礼拝の後ぐっと寝てました。

それはもう寝ました。
気付いたら日は傾いていて、19時過ぎでした。

それから僕は何を思ったのか家を出て、てくてく歩き始めました。
目的もなく歩いてたっけ、数キロ離れた公園に行こうと思い、公園に行ったら家族が花火してたり、高校生が青春トークしてたりして、僕は彼らを眺めつつ祈りました。

「神さま―、しんどいっす・・・。僕にエネルギーを!!!笑」


そしてまた歩き始めたら、結局大学まで歩いてきちゃって、せっかくだから2週間以上起きっぱにしてた自転車に乗って帰ってきました。



こんな昨日の日常を書く事になんか意味はあるんだろうか・・・と思いつつ書いています。

でも、これが僕。
こんな風に、人に迷惑をかけちゃったり、寝込んだり、意味もなく散歩したり。

そんな時間も含めて、今の僕の精一杯。ベスト。

ありのままの自分で生きてく中で、弱さと向き合い、弱さとうまく付き合っていく。
その時間の中で、改めて生きて働いて下さる神さまを感じる。

それで、いいのかな?って思います。


ちなみに、その後二人で散歩デートしてる父さん母さんから電話が来て、「うつっぽいんだよねー」と言うと、母さんが一言。

「みっち最近うまくいってたんじゃないのー。神さまみっちが高慢になりそうな時、うつの時間与えてるんじゃない?」


「そ・・・そうかなぁ。。」

ちょっと疑いながらも、心には大切にしてるみことばが。


「私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。」
Ⅱコリント12:7



「そうかぁ。神さま、俺のために与えてくれてるんだぁぁ。」
って思ったら、なんだか嬉しくなったりして。笑



はい、今日のブログはいつにもましてふわっふわして、方向性の見えないものでした。笑
何を伝いたいのかも、僕ははっきりと分かっていません。笑

ただ言えるのは、これを読んでくださってるお一人一人、なかなか人には言えない「弱さ」ってそれぞれあると思う。
でも、ありのままの自分を求め、その弱さを隠さないで、受け止めていきましょ。
友達に頼ったり、家族に頼ったり、そしてクリスチャンの方なら神さまに頼って、一歩ずつ生きていきましょ。

僕も、長い付き合いになる「うっつー」と向き合って、一歩ずつ生きてきます!!


したら、おやすみなさい!!


満ちる

大切なこと

こんばんは♪

今日は木曜日。
明日は金曜日!がんばろーっと。。


今週は今日までの四日間、旭川市内にある療育センターで実習させていただきました。
ん??と思う方もいらっしゃると思いますが、旭川には「療育園」と「療育センター」の二つがあるんですよね。

そして療育センターは道立の施設で、原則18歳未満の重症心身障害児の子たちが入所していたり。
後、僕は今回見れなかったのですが、「親子入院」という形で医師やナースから医療的な指導を受けたり、PT・OT・STさんからリハビリの指導を受けたり、そんな支援もしています。
加えて、療育センターは外来もやっていて、知的障害・発達障害のお子さんの診療も見学させていただきました!

四日間、あっという間だったけれど、とっても密度の濃い時間を過ごさせていただきました。感謝、感謝♪


前にもちらっと書いたけれど、医師という仕事はある意味職人なんだと思うんですよね。
それぞれの医師が自分の知識と技術に責任を持ち、磨いていく義務と責任があります。

だから、一人前?になるのにも、すっごいすっごい時間がかかる・・・
でも、それもある意味感謝なことで、一生かかっても極めることができないこの仕事に、イエスさまにあってどれだけ誠実に向き合っていけるか?そんなことが問われていると思います。



と、前段が長くなってしまいましたが・・・

実は、なんだか月曜日からちょっと気持ちが沈んでいました。。
昔の記事を読んでいただけたら分かるんですが、僕は気質として、うつに似たようなものを持っています。

そんな気持ちの時は決まって、すっごい眠気が強くて、すっごいお腹が空きます。笑


以前はそんな気持ちがあることが、とっても嫌でした。
なんだか、弱みを持っているみたいで・・・

自分的には、いつも元気で、気持ちが高まって、「頑張れる!やろうと思ったらなんだっていける!」そんな風に思える時の方が、ずっと、ずっと幸せだと思っていました。


でも、今の今まで、神さまは僕にこの気質を残しておられます。
そして、僕はこれまでの日々を振り返る中で、この気質のおかげで本当にたくさんの大切なことを教えてもらったことを思い出すのです。


なかなか布団から起き上がれない自分。
動きたくない、行きたくない、もうやだ!!って自分。

そんな時は決まって、自分がどれだけ小さい存在か、神さまの助けがなければちっとも前に進めない弱い存在かを知らされるんです。


でも、実はそれが「真実」なんです。

どれだけ調子が良くて、「今ならなんでもできる!」って時だって、本当は神さまの助けがなければ一歩だって進むことができないそんな小さくて弱い存在なんです。

そんな大切な真実を、僕はこの「うつ」を通して、教えられるんです。

そしてその事実と同時に、神さまがいつも変わらないお方で、いつも一緒にいてくださるお方で、いつも導いてくださるお方だっていう、さいっこうの「真実」にも触れさせていただけるんです。


だから、僕は今、イエスさまにあってこの「うつ」という気質をも、与えられていることを誇ることができるのです。



そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。
それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。

このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。
しかし、主は、
「わたしの恵みは、あなたに十分である。
 というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」
と言われたのです。

ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
Ⅱコリント12:7-9

うつ

こんばんは。主の御名をほめたたえます。

実は、私は最近「うつ傾向」にあります。
このことをblogに書こうか書かまいか悩んでいましたが、
今のこの体験を通して、どこかで主の栄光が現れることを願い信じて、
書き記しておきたいと思います。


「うつ傾向」があることに気付いたのは、昨年の9月でした。
(振り返れば21年間何度もそのような徴候はありましたが)
テスト期間の中で、何も手につかず悪循環に陥る私に、
主はあらゆる方法を通して、「うつ」を持っていることを教えられました。

正直、最初はなんとも受け入れがたい事実に思えました。
私はそれまで、うつを持っていることは、恥ずかしいことだと思っていたからです。

また、
「うつという曖昧な症状を理由に、全然仕事をしないのってずるい」
という身勝手な思いさえ抱いていたからです。


しかし皮肉にも、主はそんな私に「うつ」をお与えになりました。



私自身、うつ傾向に入ったことを一番感じるのは朝です。
目覚ましの音を聞いて、時計を見て・・・。
起きなければいけない時間だと分かっていますが、
どうしてもベッドから出られません。

「怠惰」と一言で片付けてしまえばそれでおしまいですが、
起きたその瞬間から気持ちが塞いでいるのです。
社会に出て行くことが億劫になるのです。


主よ・・・。
主よ・・・。どうか私に力を与えてください。


そう祈り、やっと起きたときにはもうギリギリの時間。
急いで準備して大学に向かいます。
そんな自分が、嫌で嫌で仕方ありません。



また、うつ傾向にあるときにはある法則の中で落ち込んでいきます。
それは、「焦燥感からの悪循環」ともいえるでしょう。

やらなければならない仕事がある。焦る。
 ↓
なかなか、やる気が起きない。取り掛かれない。
 ↓
仕事が溜まる。
 ↓
やらなければならない仕事が増える。もっと焦る。


さらにこの悪いスパイラルの中で、
うつ傾向から生じるあらゆる負の因子が拍車をかけるのです。
人間関係の悪化、自分に対する嫌悪感、罪悪感、どんどん圧し掛かってくるのです。


本当に・・・辛いです。



そんな中、私はふとⅡコリントの12章を思い出しました。

「そのために私は、高ぶることのないようにと、
 肉体に一つのとげを与えられました。
 それは私が高ぶることのないように、
 私を打つための、サタンの使いです。

 このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、
 三度も主に願いました。
 
 しかし、主は、
 「私の恵みは、あなたに十分である。
  というのは、わたしの力は、
  弱さのうちに完全に現れるからである。」
 と言われたのです。

 ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、
 むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」
                  Ⅱコリント12:7-9



パウロがどのようなとげを与えられたのかは私は知りません。
ただ、私にとってのとげは、この「うつ」です。

私も何度も祈りました。
この「うつ」を取り去ってくださいと。
しかし、その祈りは聞かれませんでした。
私は悟りました。

主がこの「うつ」をお与えになったのだと。

それは、私が高ぶらないようにするためであるのと同時に、
人の苦しみ、弱さを分かる者となるためだと思います。


正直・・・辛いです。
今でも、できるならばこの「うつ」を取り去って欲しいと思ってしまいます。
これがなければどんなに楽か・・・と思ってしまいます。


でも、私は信じています。

「私の恵みは、あなたに十分である。
 というのは、わたしの力は、
 弱さのうちに完全に現れるからである。」

という主のみことばを。


私は信じています。

主が必ず、守ってくださると。

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