Life

いまを生きる一人のクリスチャンの、生活、人生、いのち。

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男ってやつは。

こんばんはー

いやー、ここ最近毎日更新できてますねー?!

神さまに感謝だー。
イエスさま、今夜も言葉を与えてください(>人<)


僕は、クリスチャンで大学生だから、KGK(キリスト者学生会)って集まりに参加してるんです。

もうほーんとに、僕はこの6年間KGKでいーろんなこと教えてもらいました。
もちろんみことばもそうだけど、そこでの奉仕とか、人間関係とか、色んなことを通して鍛えていただきゃしたっ!!


そんな大好きなKGKで、僕の最後のおっきな奉仕として(と自分では勝手に思ってますw)、「男性合宿」っていう集まりの企画を手伝わせてもらってるんです。

(KGKって「合宿」ってことばよく遣うんですけど、なんか字に起こしてみると、おもしろいですねw)


男性合宿っていう名前の通り、男のクリスチャンの大学生の集まりなんですけど、今回はな・な・な・なんと、卒業生も参加してもらえるんです♪

あー楽しみだ。笑



それで、この準備のために、何人かで時々スカイプしては、テーマとか、色んなこと話してるんですけど、結局突き詰めていけば、いーっつも話してるのが、

「男って・・・なんだ?」


ってこと。笑


いやー、これ皆さん考えたことあります?


男って・・・なんだ?

女って・・・なんだ?



これね、分かるようで結構分からんもんですよ。
もちろん、男の方が筋肉つきやすいとか、女しか子どもを産めないとか、歴然とした違いは分かるんですけど、内面的なとこ。

それって、結構言葉にするの難しいんですよねー


だけど・・・だからこそ、この合宿の準備してて、もーめっちゃ楽しんですよねー笑



その中で、最近聖書を読んでて、ふとあることに気付きました。


創世記っていう、神さまがこの世界を創られたときの話が書いてある個所なんですけど、皆さんご存知の一人目の人間「アダム」をお創りになりました。


そして、地上にアダムを置いて、地面とか耕させたり、守らせたりして、神さまは何と言ったと思いますか・・・?笑


神である主は仰せられた。
「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」

創世記2:18



えっ・・・・・・





そーなんですよ。笑
もー、なんだか最近ここが面白くてたまらないんですけど、神さまアダムを地球に置かれてちょっと観察してたっけ・・・

「あれ、こいつ・・・一人じゃ生きてけんな・・・」

って思われるんです。笑


これって、すごい大きい発見だと思うんですよねー。

裏を返して言えば、神さまは僕らをもともと、「一人じゃ生きてけんように」、「助けてくれる人(女性)がいないと生きてけんように」創られたってこと。



それに気付くとき、僕はなんだかすっと肩の力が抜けました。

「そうかー、やっぱ俺、助けてくれる人いないと生きてけないんだな。。」って感じで。



ただ、読んでくださってる女性の方にお伝えしたいのは、こんな女性陣の誰もが知ってる事実を、男っちゅーもんはなーかなか認められないってことです。笑


男って、ほんとに欠けだらけで、すぐ目の前のことでいっぱいいっぱいになったり、「これが正しい!」って思って一人で突っ走っちゃったり(これは全部俺・・・)。
だけど、それが間違いだったってなかなか認められなくて、人の前に出ると、特に女性の皆さんの前に出ると、知らんうちに自分の中の欠けとか穴ぼこを隠してかっこつけたくなっちゃうんですよねー・・・笑



だけど・・・「結婚」っていう、人生でいちばん大切な神さまの贈り物のためには、僕はそういうのを神さまに取っ払ってもらって、ちゃんとありのままで生きてかんきゃなって思います。


だって、たとえお付き合いしてるときはかっこつけれたとしても、そんなのほんとの自分じゃないし、それにもし結婚できたとして10年、20年、30年って、ずっと一緒にいて、寝食ともにして、いっぱいケンカもして、こんなちっぽけな「かっこつけ」なんてすぐにはがれちゃうと思うから。



だから、今こうして生きてる「独身」って時間の中で、ちょっとずつでも、「かっこつけ」なしの本当の自分で生きることができたらなって思います。



あれ・・・結局なんか自分の話してる。笑

まぁ、最後にしょーもない補足ですけど、これは僕の思ってることで、当たり前だけど色んな男の人がいます。

だけど、神さまがあなたを男に創られたことに、あなたを女に創られたことには、とーっても大きな意味があることを僕は信じてます♪



今週も頑張るどーーー!!


満ちる

夫と妻

こんばんは(^^)♪

今夜もこうしてブログを更新できること、こころから神さまに感謝します。。

不思議と、二日連続で結婚についてっ!
特別意識してるわけではないんだけど、神さまに祈りつつ、示されるままに書きたいと思います!


実は今、準備させていただいてるプロジェクトがあるんです。
北海道KGKで秋に行われる予定の、「男性合宿」です。

これは、必ずしも毎年行われているものではないんですが、今年の春頃「やりたい!!!」っていう思いが与えられました(^^)

日程は10月18・19日で、北栄キリスト教会で予定しています。
そして、今回の男性合宿は、学生のみならずKGK卒業生の方も参加可能です!!

結婚されてる人も、そうでない人も。
仕事をされてる人も、そうでない人も。

ただただ「イエスさまこそ主!」というところで一致し、男のクリスチャン達が一つとなって礼拝できるような時になればと今から祈り備えています。。

そして、そのために何人かのメンバーと一緒に準備していて、今夜もスカイプでやりました。

もーーー・・・めっちゃ励まされるし、楽しいし、ほんっとに素敵な時間だった!
心から尊敬する大学生の先輩と、今はGAとして働いてる信友と、最高の時間が流れてた。。


今日は、スカイプで「男らしさってなんだろう?」って話になった。
今の時代、「ジェンダーフリー」っていう言葉からあるように、女性と男性を区別しないような流れにあるような気がするけれど・・・だけど、やっぱり違うところはある。

だって、当たり前だけど、僕は子どもを産むことができないし、女性は男の人みたいにいっぱい筋肉はつけれない。(僕はかなり軟弱だけど。笑)

同じように、イエスさまにあって聖書を見ていく時に本当の意味での男性らしさや女性らしさって見えてくるんだと思う!!

そして、スカイプをしながら、イエスさまにある「男らしさ」って何なんだろう・・・って話になった。

そこで、先輩がこんなことを言ってた。
「イエスさまって男らしさを感じるんだよね。なんか変な言い方だけど、イエスさまといると女の子としての?ほっとした感じがあるんだよね。一緒にいて、ウキウキしたり、嬉しかったり、楽しかったり、愛されてるんだっていう心のときめきみたいな。」


な・・・なるほどって思った。
確かに、イエスさまのことを知れば知るほど、一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、ほんっとに愛されてるんだなーって心がいっぱいになって、何もしないでも幸せで、ウキウキして、楽しくなる。

僕は、女の子ではないから完全に想像でしかないけど、女の子が男の子に対して求めてるものだったり、感じるものってそういうことなのかなって思った。


そして、話は結婚について移って、先輩はこう言ってた。
「男性は、相手を愛して、その相手が自分に信頼して一緒に歩んでくれることを喜びと感じるんだと思う。一方で女性は、自分が心から信頼する人が、自分を心から愛してくれて、愛に満たされていくその時に、この人に従いたい!一緒に歩みたい!っていう思いが溢れてくるのかもしれない。愛されていることを分かっているからこそ、女性は男性に従うことができる。ついていっても大丈夫なんだって思うのかもしれないね。」


うーーー・・・

僕の心には、すっとエペソの5章が思い出された。
「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。
教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。
キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなもののの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。」

エペソ5:22-27


結婚についての本を読むたびに、この箇所は必ず取り上げられるんだけど、いまいちしっくり来てないところではあった。
だけど、一つ分かったことは、まずイエスさまがご自身をささげるほどに教会を愛したからこそ、教会がイエスさまのお言葉に信頼し、従うことができるように。
まず、夫がイエスさまにあって神さまの愛に満ち溢れ、どんな時も妻を心から愛し、共に生きて、そしてそこに生まれた信頼関係のゆえに妻は夫の言葉を大切にして従うっていう関係が育まれるってこと。


その順番を勘違いして、夫は妻を絶対にさばいちゃいけないんだ・・・
ただただ、自分には愛がないっていう事実に直面しつつも、何度も神さまの愛の輪の中に招かれて、愛に満ち溢れて、妻を心から大切にしていくんだって気付かされた!!


僕は、ご存知の通りまだ結婚してません。笑
だけど、だからこそ、神さまに結婚についてもっともっと教えていただきたい。
みことばを通して、確かな礎を築き上げていきたいなって思う。。


あら、また1時を過ぎてしまった。。
こんなことができるのも、学生のうちなのかな(>_<)?
ただただ、今日の一日の恵みに感謝して、おやすみなさい♪


「そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。」
エペソ5:28

愛の輪

こんばんはー(^^)♪

学生生活最後の夏休みの、さらに最後の素敵な六日間が終わりました。。

旭川の栄光教会でのマッシュという牧師の子どもたちの集まり。
札幌のカナン・プレイズチャーチでのユースの集まり。
同じく札幌の北栄キリスト教会で行われた北大聖研の集まり。

もーーー・・・

はんっっっぱないほどの祝福。神さまからのプレゼントでいっぱいでした。。
なんかもう幸せすぎて、なかなか言葉がでないくらい。笑


天の父なる神さま、ただただ、あなたが注いでくださった全ての恵みに心からの感謝をささげます。


言葉がでないといっても、ちゃんと与えられたものを言葉にして皆さんにシェアしたいって思います♪

あえてのあえて、今日は結婚について教えられたことを書きます。



神さまが創られたこの世界。
海も空も。
山も谷も。
草木も花も。
動物も虫も。
そして、僕ら人間も。

神さまが全ての全てを創られました!

特に、神さまは僕らを特別な存在としてくださった♪

「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。・・・」
(創世記1:26)

ここで神さまは、「われわれ」という言葉を使っておられることから分かるように、父なる神さまと、子なるイエスさまと、聖霊さまに似せて僕らを創ってくださった。
すなわち、僕らは愛の中で完全に一致しておられる三位一体の神さまの関係に、招き入れられた存在だっていうこと♪


だけど、悲しいことが起きた。
神さまの愛の中に生きるはずだった僕らだったけど、「罪」を犯したゆえに、僕らは自らその愛の輪から出ていってしまった。

神さまの愛の輪に生きることこそ、僕らのかけがえのない幸せだったのに。。
神さまのみそばで、本当にありのままで、喜びいっぱいで生きることができるのは、この愛の輪の中だけだったのに。。


だけど、神さまは自ら出て行った僕らをあきらめなかった!!
何としてでも、もう一度、神さまの愛の輪の中に僕らを引き戻そうとしてくださった。

そしてついに、神の御子であられるイエスさまが人としてこの地上にお生まれになり、一つの罪も犯さずに生きられ、十字架に架かってすべての罪を背負ってよみがえってくださったことによって、僕らをまた愛の輪の中に招いてくださった♪♪


だから、僕らは「イエスさまこそ救い主だ!!」と信じるその時、神さまの愛が僕らをとらえ、僕らを包み、本当の意味での幸せな輪に入れていただいける!

イエスさまの十字架の奇跡、ほんとにほんとに素晴らしい。。


そして、結婚。
なんか今まで色んな本を読んで、イエスさまを中心として歩んでいくってことは頭で分かっても、本当の意味では分かっていなかったような気がする。

だけど、このの学びを通してはっきりと分かった。
結婚っていうのは、神さまが導かれた二人が、イエスさまの十字架によってきよめられ、二人で手を取り合って神さまの愛の輪の中に招き入れられていくってことなんだ!

そして、僕らが教会で誓う言葉は、ただの決まり文句でも何でもなくて、これから僕らはどんなことがあっても、神さまの愛を慕い求め、その輪の中に招かれいき、その愛の中で生きていきます。お互いを愛し続けます!って、神さまの前で約束、告白することなんだ!!
そう教えていただいた(>_<)

改めて、結婚ってほんとに素敵だな。
そして、今まで辛いこと、悲しいことがあったけど、神さまの導きを待つことができて、ほんとにほんっとに良かった(>_<)
そう思います♪


「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」



満ちる

夫婦

こんばんは!

今週も、金曜日になりました。
忙しい?五日間を終えて、今日はリラックスしつつ、勉強したり、本を読んだり。

先日も紹介させていただいた「生の冒険」という本を読んでいるんですが、本当に素晴らしい本です。
神さまの素晴らしさをただただ感じつつ、喜びの中で1ページずつ噛みしめています。


気付けば、この新しい一年が、学生としての最後の一年となりました。
この一年をいかに過ごすか、日々思い巡らしています。

遊べる最後の一年!として、がむしゃらに遊ぶか?
KGKや陸上部など後輩と関わる最後の一年!として、いっぱい顔を出すか?

どちらも魅力的なのですが、僕はこの一年を「備えの一年」としたいと思っています。

社会という新しいステージに照準を合わせ、一人の大人として、クリスチャンとして、静かに備える一年を持ちたいと思っています。


社会。
その新しいステージは、まだ入っていない僕からすれば、とても不思議な場所です。
しかし、そこに甘えの入る余地はなく、自立して自分の足で立たなければならないことを感じています。

その中で、僕は二つのことを思い巡らしています。

それは、「仕事」と「結婚」。
どちらもこれまでは、現実味を帯びていたようで、帯びていなかった気がします。
それらをしっかりと自分自身に近づけ、深く吟味し、備えていきたいと思っています。


そしてこの二つの大切なことについて、「生の冒険」という本は大きなチャレンジと思索を与えてくれました。

今日のブログでは、後者の「結婚」について触れさせていただきたいと思います。
「仕事」に関しては、後日改めて!



本を読み進める中で、僕は結婚について二つのことに気付かされました。

一つは、男と女が結婚し、夫婦になるために、必要な条件の一つ。
それが、「ビジョンの一致」です。

ビジョンというと抽象的で分かりづらいかもしれませんが、その人自身がその生涯の中で目的として握っているもの、目標としていることの一致ということです。

クリスチャンである僕にとって、目的の一致とは、必然的に「神の栄光のために生きること」、「イエス・キリストによる救いという福音を宣べ伝えること」です。

天地を創造された神こそ、僕自身が全面的に信頼する唯一のお方であり、聖書こそ唯一の土台です。
そして、イエス・キリストこそ、僕らを救う唯一の救い主です。

この一致は、僕自身の結婚にとって必須の条件です。


しかし、その「目的の一致」だけではないのだと、今回改めて気付かされました。
すなわち、僕自身がこの生涯の中で、神に導かれている計画、目標についても、明確な一致が求められているのだということです。

この一致がなければ、夫婦は一つの方向を見ることができず、互いに足かせとなってしまいます。
逆に、この一致がある二人には、強い絆が生まれ、喜んで互いを支え励ますのだと思います。
また、真の意味で神の計画に向かっていくとき、人は一人では弱く、近くで支え励ましてくれる存在が必要なのだと思います。

そしてこの「ビジョンの一致」を僕の場合に引き寄せる時、僕には「医師」という明確な道が与えられていることに気付かされます。
医師として、医学・医療の分野へ、神が僕自身を導かれているということは、神が計画された女性を知るための一つの大切な鍵となるのだと思います。



そして、夫婦に求められるもう一つのこと、それは「誠実さ」です。
常に共にいる二人だからこそ、互いに対して、正直に、素直に、そして誠実であるべきだと教えられました。

先日観た、あるテレビ番組で、次にように言っていました。
「人間、裏表があるのが当然です。」
確かに、どこにいても自分らしく、誠実にあるということは容易なことではありません。

しかし、夫婦という最も近しい存在の中に、果たして「嘘」「偽り」「不誠実」があって良いのでしょうか。
それがどんなに暗い過去であろうと、今まで他人に吐露してなかったことであろうと、特別な二人の関係においては、それらは明らかにされるべきことなのだと思います。

そして、夫と妻が、真に誠実な関係であり続ける時、その関係は非常に美しいものです。
すなわち、互いの愛が呼応し合い、互いの生きる喜びが共有し合える、そのような関係です。


以上、「ビジョンの一致」と「誠実さ」という二つについて書かせていただきました。
その折、僕自身の心の中には、父と母の姿が思い起こされました。

僕の愛する父と母こそ、それらをとても大切にし、実践している二人です。

神に与えられた、重症心身障がい児のための働き、その働きに呼応して常に情熱的に生きる母。
そして、その母を祈りによって支え、また事務作業やパソコンなど実践的に支える父。
二人はイエス・キリストにあって完全に一致しており、そしてビジョンにおいても、互いに愛し合う素敵な二人です。

また、驚くほどに、二人は互いに対して誠実です。
いや、それだけでなく、家族や全ての人に対して誠実を尽くしています。
その誠実さゆえに、七人の子供たちは、時に失敗し、罪を犯しながらも、神のもとに帰ってこれたのだと確信しているのです。


いよいよ、社会という扉を開くまで一年を切りました。
この一年の一日一日を大切に行きつつ、「結婚」についても真剣に祈り求めていきたいと思っています。

満ちる





今日はかっちり書きました!笑
なんか読み返してみると、まだまだぎくしゃくしてるなぁ・・・(^^;
でも、このブログについても、次のステージに進まなければならないと、感じているんです。
詳しいことは後日書きますが、自分自身の「言葉」に誠実に向き合っていきたいって思っています。
どうか、神さまの御心がなりますように。
そして、皆さんの週末が感謝と喜びに満ち溢れたものとなりますように!!

凧の糸

こんばんは!

今夜も、こうしてブログを更新できること、主に感謝します!!


今日も朝から図書館に行ったんですが、なかなか体調がすぐれず、夕方には家に帰りました。

そして、いーっつもやっちゃうんですが、居間のカーペットでうつぶせになって寝ました。何もかけずに。。
風邪引くなぁーとか思うんですが、気付いたら瞬間的に寝ちゃってるんですよね。これは母親譲り。笑


そして起きて、祈って、聖書を開いて。
心から、主の恵みに感謝して。


そして冷凍してた鶏肉をチンして切って、ニンジンをイチョウ切りにして、長ネギも切って。
それを一気に鍋に入れて、水としょうゆと本ダシを入れて。

待つこと15分。
そこに同じくチンしたおもちを入れれば、特製「お雑煮」の完成!

二月下旬から病院見学とKGKの全国大会で関西に行くため、今は節約です。


でも、こんな当たり前の日々が、本当に幸せ。
イエスさまにあって、神さまに祈り、神さまがみことばによって僕の心を力づけて下さるからです。
本当に、神さまは素晴らしいお方です。



ここ最近、もう一度「聖書が教える結婚講座」(ジョシュア・ハリス著)を読んでいるんです。
今回は、前回よりもゆっくり、じっくり噛みしめつつ。

そして噛めば噛むほどに?本当に素晴らしい気付きが与えられます。


ハリスさんは、ロマンス(恋愛)を凧にたとえています。
どんどん高く、高く舞い上がって行く思い。
ただただその人が気になって、ただただ思いが募って、どんどん高く舞い上がって行く。

だけど、凧が、引っ張る糸なしでは、風に翻弄されて飛び続けることができないように、恋愛にも、「知恵」という糸がなければいけないって、この本には書いてあります。

その「知恵」は、神さまにある、聖書を通して語られる知恵です。


僕は、クリスチャンホームに生まれて、その「知恵」を小さい頃から父に聞かされていました。
「こうしてはいけない。こうしなさい。」って。

だけど、そう言われれば言われるほどに、とっても窮屈になりました。
なんで、自分の人生なのに、親に、聖書に「縛られなければ」ならないんだろうって思っていました。

そして、父の言いつけを守らず、好き勝手に恋愛をしたが故に、相手を傷つけてしまったり、自分自身の心も深く傷つけてしまいました。


そんな中、今この本を読み、ハリスさんの言う、「凧と糸」っていう言葉が本当にしっくりきます。

今になって、父が言っていたこと、聖書が与えてくれる「知恵」は、がんじがらめに縛る縄ではなくて、飛び続けるために必要な糸なんだって本当に気付かされています。


なぜ、神さまが聖書を通して語られる「知恵」が、凧の糸となるのか。
それは、神さまが僕らを創られたお方だからです。
目的をもって僕らを創られた神さま。その神さまだけが、僕らの本当のあるべき姿、恋愛や結婚はもちろん、友人関係、将来、全ての答えを知っておられる方だからです。


だから、突き詰めていけば、恋愛や結婚に限らず、全てにおいて必要なのは「神さまを一番にする!」ってことなんです。
イエスさまにあって、神さまを本当に心から愛し、そのお言葉を慕い求め、従うこと。
その日々の中で、神さまはすべての必要を満たして下さることを僕は知っています。


凧の糸。
それは、イエスさまにあって、神さまを一番にすること。
そして、その中で与えられる神さまの教えに、忠実に従うこと。
待つときは待ち、忍耐するときは忍耐し、そして行くべきときは行く。

そんな日々の中で、僕の心に芽生える恋愛という美しい凧は、神さまにある糸で適度にバランスをとられつつ、最高の結婚へと導かれていくのだと信じています。

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